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そして、俺は弁護士になった。
「しっかりしましょう。
今は、しっかりしましょう。」
30歳で独立もし、今日も不倫案件で来所した女性にこの言葉を言う。
本当は凄く怖かった。
何故かこの時、俺は凄い怖くなる。
目の前の女性がもしかしたら・・・と、そんな考えが浮かんでしまう。
でも俺以上に目の前の女の人の方が怖いはずだから、今日もこの言葉を言う。
この女性に向けて・・・。
半分は、俺自身に・・・。
しっかりする。
今は、しっかりする。
この女性が・・・
生きていけるように・・・。
*
「凛太郎さん、これ可愛い~!!」
彼女と歩いていると、彼女がブランド店に入りバッグを手に持ち鏡を見ている。
「そうだね、欲しい?」
「え~?いいの~?」
彼女が嬉しそうな顔で笑うので、それに笑い返した。
“人にはお金を使え”
母さんからよく言われていたし、何故か彼女にはお金をもっと使いたくなる。
何不自由なく生きて欲しいと思ってしまう。
俺の隣に立ち満面の笑みを浮かべている女の子を見て安心する。
幸せに生きていることに、安心する。
これも凛さんの強い気持ちが重なっているのかもしれない。
お金もなく夫もいない中、不自由だけの中で俺の母さんを育てていたから。
だからか凄く安心する。
俺の隣に立つ女の子が幸せに生きている姿を見ているだけで。
でも・・・
“凛太郎さんの部屋にも行きたい”
今回もそう言われたけど、それには苦笑いで断った。
だってこんな部屋に連れて来るわけにはいかない。
古い古いアパート。
その一室に今日も帰る。
ベッドでもなく布団で、テーブルもソファーもテレビもない。
買わなかった。あえて買わなかった。
俺はお金持ちの家に生まれ育ち、何不自由なく生きてきた。
知らなくてはいけないと思った。
こんな作り物の環境だけど、少しでも知りたいと思っていた。
それこそが大切な物なのだと思う。
俺の家にはない大切な物なのだと思う。
スマホを開き、事務所の求人広告を見る。
さっきの彼女からやけに聞かれた。
“秘書を初めて入れた”
軽い気持ちでそう言ったら凄い聞かれた。
あの子が写っている写真を見て思わず笑ってしまった。
だって、凄いしっかりしていたから。
再会した時、あの子は凄いしっかりしていたから。
誰かを引き抜いたのはこれが初めてだった。
どんな条件でも年収でも提示しようと思ったら、定時に帰るということだけだった。
お母さんのためにあの子はしっかりしたのだと分かった。
強くてしっかりして・・・
そして、たまに俺がお願いしたクリーニングはすぐに出してくれない。
“それは後日で”
そう言って、やっぱり昔と変わらない所もある。
普通の女の子だった。
本当に普通の女の子だった。
それはきっと今もそうで・・・。
なのに、しっかりする時は普通の人以上に・・・もしかしたら俺以上にしっかり出来る女の子かもしれない・・・。
そう思って、帰ろうとするあの子に慌てて声を掛けた。
だって、あまりにもしっかりした顔をしていたから。
隣に座る先生のため、あまりにもしっかりした顔でサポートをしていたから。
塾でも頑張っている姿を見たことがなくて、本人の話でも何かを一生懸命やっている話を聞いたことがない。
そんなあの子が、あまりにもしっかりしていたから。
そんな姿を見たら、欲しくなった。
俺の事務所に欲しくなった。
俺の秘書に欲しくなった・・・。
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