3

そして、俺は弁護士になった。




「しっかりしましょう。

今は、しっかりしましょう。」




30歳で独立もし、今日も不倫案件で来所した女性にこの言葉を言う。

本当は凄く怖かった。

何故かこの時、俺は凄い怖くなる。




目の前の女性がもしかしたら・・・と、そんな考えが浮かんでしまう。

でも俺以上に目の前の女の人の方が怖いはずだから、今日もこの言葉を言う。




この女性に向けて・・・。

半分は、俺自身に・・・。




しっかりする。

今は、しっかりする。




この女性が・・・




生きていけるように・・・。















「凛太郎さん、これ可愛い~!!」




彼女と歩いていると、彼女がブランド店に入りバッグを手に持ち鏡を見ている。




「そうだね、欲しい?」




「え~?いいの~?」




彼女が嬉しそうな顔で笑うので、それに笑い返した。




“人にはお金を使え”

母さんからよく言われていたし、何故か彼女にはお金をもっと使いたくなる。




何不自由なく生きて欲しいと思ってしまう。




俺の隣に立ち満面の笑みを浮かべている女の子を見て安心する。

幸せに生きていることに、安心する。




これも凛さんの強い気持ちが重なっているのかもしれない。

お金もなく夫もいない中、不自由だけの中で俺の母さんを育てていたから。

だからか凄く安心する。

俺の隣に立つ女の子が幸せに生きている姿を見ているだけで。




でも・・・




“凛太郎さんの部屋にも行きたい”




今回もそう言われたけど、それには苦笑いで断った。

だってこんな部屋に連れて来るわけにはいかない。




古い古いアパート。




その一室に今日も帰る。

ベッドでもなく布団で、テーブルもソファーもテレビもない。

買わなかった。あえて買わなかった。




俺はお金持ちの家に生まれ育ち、何不自由なく生きてきた。




知らなくてはいけないと思った。

こんな作り物の環境だけど、少しでも知りたいと思っていた。




それこそが大切な物なのだと思う。

俺の家にはない大切な物なのだと思う。




スマホを開き、事務所の求人広告を見る。

さっきの彼女からやけに聞かれた。

“秘書を初めて入れた”

軽い気持ちでそう言ったら凄い聞かれた。




あの子が写っている写真を見て思わず笑ってしまった。

だって、凄いしっかりしていたから。

再会した時、あの子は凄いしっかりしていたから。




誰かを引き抜いたのはこれが初めてだった。

どんな条件でも年収でも提示しようと思ったら、定時に帰るということだけだった。




お母さんのためにあの子はしっかりしたのだと分かった。

強くてしっかりして・・・

そして、たまに俺がお願いしたクリーニングはすぐに出してくれない。




“それは後日で”

そう言って、やっぱり昔と変わらない所もある。




普通の女の子だった。

本当に普通の女の子だった。

それはきっと今もそうで・・・。




なのに、しっかりする時は普通の人以上に・・・もしかしたら俺以上にしっかり出来る女の子かもしれない・・・。

そう思って、帰ろうとするあの子に慌てて声を掛けた。




だって、あまりにもしっかりした顔をしていたから。

隣に座る先生のため、あまりにもしっかりした顔でサポートをしていたから。




塾でも頑張っている姿を見たことがなくて、本人の話でも何かを一生懸命やっている話を聞いたことがない。

そんなあの子が、あまりにもしっかりしていたから。




そんな姿を見たら、欲しくなった。

俺の事務所に欲しくなった。

俺の秘書に欲しくなった・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る