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高校3年生




「凛太郎、ババアが死んじまったから葬式行くよ!!

2人にも連絡したから今帰ってくるから!!

遠いからお父さんは置いていく、会社で何かあるといけないからね!!」




1月1日だった・・・。

妹も弟も1月1日なのに遊びに出掛けていて、父さんまで近所の社員の家に遊びにいっていた。




母さんが言うババアは、育ての親のこと。

生みの親のお姉さん。

その人が亡くなった・・・。




部屋でそれを聞かされ・・・

心臓が爆発するんじゃないかというくらい大きく鳴り始めた。

心臓の大きな音で身体も震えてきて・・・

何も返事が出来ないまま母さんを見詰めているだけだった。




この時に初めて知った・・・。

俺はこんなにも弱くてしっかりしていないのだと・・・。


















大学4年生 2月・・・




薄暗い店内、お酒とタバコの匂い・・・大人の笑い声・・・。

扉を開くとそんな大人の空間に包まれる。




「ちゃんと金払うんだよ!!」




母が“ママ”をしているスナックに久しぶりに来た。

お酒が飲めるようになってからはたまに1人で来ていた。




高いお酒と母の手作りの料理。

家でずっと食べていた料理だけど、ここで食べると更に美味しく感じる。

それだからか・・・少し泣きたくもなる。




お酒と料理を少し食べてから顔を上げると、そのタイミングで“ママ”が俺のカウンターの目の前に立った。




「弁護士になりたいと思っているんだ。」




「いいね!なればいいよ!!」




母“には”そんなにアッサリと返事をしてもらい笑ってしまった。




「金の心配はするんじゃないよ!!

こういう時には金を家族にも使うからね!!」




「ありがとうございます・・・。

でも、父さんに反対をされたよ。」




「お父さん?何でだろうね。

凛太郎があの会社に入らなくてもいいって考えだったけどね。」




「うん、それはそうだった。

それよりも俺が優しすぎるから心配をさせた。

心は強いけど、優しすぎるって。

寄り添うだけでは弁護士は務まらないって。」




俺がそう言うと“ママ”が大きな声で笑った。





それには俺も笑ってしまう。




「心が強いね~?」




「怖くて葬式にも出られなかったくらいなのにね。」




あの後、身体が震えている俺に母さんは驚きもせずに笑った。

“遠いから1人で行ってくる。

妹と弟の面倒をしっかり見てな。”

そう言って、母さんが1人で行ってしまった。




「凛太郎が私のお腹の中にいる時に、私の生みの母親である“凛さんみたいな子になるように”と願ってたからね。

それで“凛”太郎って名前まで付けた。

そのせいで、“死ぬのが怖い”っていう私の母親の強い気持ちも凛太郎に重なったかもね!!

私の母親は身体が弱い代わりに心が強い人だったけど、5歳だった私を置いて死ぬのは怖いって思ってたはずだからさ。

それに凛太郎はあんなに金持ちの家に生まれて強いがわけないだろ!!

金持ち過ぎるんだよ!!!」




「それを俺に言われても・・・。」




「それにしても、何で弁護士なんだよ?」




「友達がいずれ会社を立ち上げると予想されていてね。

その時に友達の手助けをしたい。

会計士と社労士は他の友達が資格を持っているから、あとは弁護士だろうなと。」




「友達って、あの男か。」




俺がそれだけで頷くと母さんが満足そうな顔で笑った。




「あの男は会社員にしておく男じゃないからね!!」




「うん。それと・・・」




言葉を切った後にお酒を飲み、また“ママ”を見た。




「塾で教えている子に“先生、ありがとう”と言われて。

その“先生”という言葉が忘れられなくて。」




「良い高校に入れたのか!」




「俺が勧めた高校に合格したよ。」




「勧めた?凛太郎が?

珍しいね、いつも相手の意見を尊重するのに。」




「普通の女の子で、本当に普通の。

なのにやればグングン伸びていく。

でも、出来ればやりたくない女の子でもあるから。

そんな女の子が大学でやりたいことを決めたから、大学附属の高校を勧めたよ。」




俺はそう説明したのに、“ママ”は意味深な顔で笑いながら俺を見てくる。




「当たり前だけど、そういうんじゃないから。」




「そうか?凛太郎が女の子の話をするなんて初めてだったからね!」




「剣道部の後輩の妹でもあるし、だから余計気にしてはいるけどそういうのじゃないよ。

・・・なんだか構いたくなる子ではあるけどね。

初めて本当の意味で“しっかり”したよ、俺。」




「本当の意味で?」




“ママ”がさっきからずっと意味深な顔で笑っているのを無視して、またお酒を飲む。




「凄い怖かったけど、その女の子の方が絶対に怖いはずだから“しっかり”したよ。

その女の子に“しっかりしよう”と言いながら、半分は自分自身に言っていた。」




あの日、震えている俺に母さんは“しっかり”妹と弟の面倒を見るように言った。

母さんから言われたその言葉で、その時は“しっかり”していられた。




だからあの女の子にもそう言ったんだと思う。

あの女の子に対して・・・。

そして、震えるあの子を抱き締めた自分自身に対して・・・。




そう考えた時、“ママ”が“母さん”の顔になって俺を見た。




「お父さんには母さんから言ってやるから!!

でも、目指すからには生半可な気持ちで目指すんじゃないよ!!!」


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