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お父さんがまた入院し女2人きりの家の中・・・




「“花火”~!!ワシャワシャワシャ~!!」




茶色い小さな小さなネコ、“花火”を思いっきりワシャワシャワシャとする。

“花火”はしばらく私に身を任せた後に、“やめろ~”みたいな感じで私の両手から逃げじゃれてくる。




あの後、先生のお母さんがすぐに電話を掛けてくれ・・・

近所にある知り合いの動物病院と話をつけ、タクシーまで呼んでくれた。




動物病院の先生が言うには危なかったようだけど、今では家の中をチョコチョコと歩き回っている。




そして・・・




「お母さ~ん!!

私大学行くから、花火のおしっこ取って~!!

さっきおしっこしてた!!」




私が鞄を持ちながらそう言うと、お母さんがゆっくりとした動きで“花火”のトイレへと向かっている。




それを見ながら笑って、家を出てマンションの出入口へ。




そしたらお母さんのヘルパーさんとバッタリ遭遇した。




「おはようございます!!

いつもありがとうございま~す!!

今日もよろしくお願いします!!」




「悠ちゃん悠ちゃん!!

ネコちゃん来てからお母さん生き生きしてきたよ!?」




「ですよね~!?

癒されているだけじゃなくて、“面倒見なきゃ”っていう気持ちになってるみたいです!!」




“花火”のお陰でお母さんの気持ちは益々しっかりしてきた。

お父さんが入院していても、お兄ちゃんが一人暮らしをしていても、女2人とネコ1匹で生活を送れている。

それに感謝をしながら大学に向かった。














そして月日は流れ、26歳・・・。




「元木さん、パラリーガルみたいなこともさせてごめんね。」




弁護士事務所の男性の所長から今日も謝られる。

新卒で秘書として入ったのに、日に日に専門的なこともやるようになった。




「本当にそうですよ~?

でも勉強にもなりますし、お給料も上げてもらっているのでありがたいですけど。」




「元木さん凄い出来るからさ・・・。

秘書だけにしておくのは勿体なくて。」




「それはありがとうございます!」




「あの・・・僕のスーツのクリーニングは?」




「それは後ですね、後日に。

まだスーツありますよね?

明日相手をする向こうの弁護士、若いのにやり手とのことなので、こっちに力を入れましょう。」




数人の小さな弁護士事務所。

今回は顧問をしている企業が、著作権の問題で相手企業と話し合うことになっている。




顧問先の企業に私も同席をし、相手企業の弁護士として現れたのは・・・なんと葛西先生だった。




葛西先生は驚いた顔をした後、昔と変わらず優しい笑顔で名刺を交換してくれた。

お互い何も言わなかったけど目では会話みたいなことをしたように感じた。




そして、話し合いがスタートし・・・




“やり手”

そう聞いていた。

確かに、そう聞いていた・・・。




優しい顔で優しい言い回しで普通に攻めてくる。

“葛西”の顔で、私に隣に座る所長を虐めてくる・・・。




それにムカムカしてきて・・・。




しっかりした。今は、しっかりした!!!




“葛西”に何か言われる度に少し慌てている所長の代わりに資料をすぐに出したり、タブレットですぐに判例を調べて所長に見せたり・・・。

とにかく、しっかりした!!!

今、かなりしっかりした!!!




でも、あっけなく終わった。




所長も別に出来ない人なわけではないけど、“葛西”が本当にやり手だった。

ムカつくくらいに、やり手だった。




「悠ちゃん!」




所長と帰ろうとした時、“葛西”に呼び止められた。

それにイライラとしながら振り向く。




「なに?」




睨み付けながら言った私に、先生は面白そうな顔で笑った。

隣に立つ所長は慌てているので「中学の時の塾の先生」と説明をした。




それから・・・




「アンタとなんてお茶したくないんだけど!!」




“葛西”から誘われ2人で喫茶店に。

奢ってくれるらしいので、コーヒーはありがたく飲んだ。




「名刺交換をしたから分かると思うけど、俺は凛太郎だからね?」




「分かってるけど!!!

あれは“葛西”だった!!!!」




「そうかな?」




「私を虐めてた“葛西”だったからイライラしてくる!!!」




クライアントからしてみたら頼れる弁護士かもしれないけど、相手からするとめちゃくちゃ怖かった。

優しい顔で優しい言い回しなのに、厳しく攻めてくる。




そのギャップが“葛西”だった。




先生は兄弟全然違うと言っていたけど、ソックリだった。




「で?なんの用?」




そう聞いてからコーヒーを飲み・・・




「悠ちゃんのことを俺の事務所に引き抜きたい。」




そんな爆弾を落とされ、コーヒーを吹き出すところだった。

変な所には入ったのでむせながら“葛西”を見る。

“葛西”は優しい顔で笑っていて・・・




「・・・怖いから!!

“葛西”じゃん!!!

時限爆弾じゃなくて、普通に爆弾持ってるじゃん!!!」




「爆弾?」




「爆弾落としてこないでよ!!」




私が先生を睨んでも先生は優しい顔で笑い続ける。




「弁護士を目指してるのかな?

それならしっかりバックアップするよ?」




「まさか!!秘書です秘書!!」




「・・・秘書なの?」




「法学部を卒業しましたけど、私はなんとなく働きたいので弁護士とか無理!!」




「そういうの懐かしいね。」




“葛西”が面白そうな顔で私を見詰め・・・




「俺は秘書は必要ないと思っていたけど、悠ちゃんなら秘書になってもらいたい。」

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