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お父さんはそこから更に1ヶ月間休んだ後、職場に復帰した。

でも消防士としてではなく経理として。

お父さんは大隊長というもので結構凄かったらしいけど、毎日勤務の経理として。




女の署長さんがとにかく良い上司なようで、無理をしないよう何度も気に掛けてくれているらしい。




なのに・・・




家に帰るとすぐにお父さんは家事を完璧にやり、お母さんと過ごし、お母さんが寝た後は経理の勉強をしている




そして・・・




「お父さん、お弁当本当にいらないから。

なんなら友達数人のお母さんが多めに作っててくれてて、毎日食べるの一苦労なくらいだったんだよ・・・。」




「お母さんが心配するから!!」




「別にしてなかったけど・・・。」




「お母さんが心配してるんじゃないかと思うと、お父さんが心配だから!!」





それを言われるとお弁当を受け取るしかなくて・・・。





「お父さん、まだお兄ちゃんに連絡したらダメなのか?」





お弁当を受け取った時お父さんにそう聞かれた。





お兄ちゃんは、職場には復帰出来ずに退職してしまった。




「お父さんにどう思われているかが怖いって。」




「お父さんが悪いのに、お兄ちゃんのことを責めたりするわけない!」




「違うよ、誰も悪くないじゃん。

お父さんとお兄ちゃんも一生懸命やって具合が悪くなっただけだよ。」




「それだったら、お兄ちゃんに・・・」




お父さんにそう言われ私は笑いながら首を振った。




「お兄ちゃんがもう少し落ち着いてから。

私がお兄ちゃんの所には顔を出してるから大丈夫。」




心配そうな顔をしたお父さんに笑い掛け、お母さんに挨拶をして一緒に家を出る。

お父さんが毎日勤務になってから家を出る時間が一緒になった。




駅までノロノロと歩くお父さんの隣に並んで私もゆっくりと歩く。

あんなに筋肉モリモリだったのに、ヒョロヒョロになって下を向き・・・少し歩くだけでもしんどそうに歩いている。















数日後・・・




寝ていたら、夜中にお兄ちゃんからスマホに電話が掛かってきた。

少しだけ多く息を吸い電話に出た。




「お兄ちゃん?」




『・・・っ』




電話の向こうからは、無言のお兄ちゃんの泣いている声だけが聞こえる。




それを数分間ずっと聞きながらパジャマから服に着替えていく。





鞄を持ち、タブレットを操作しタクシーを呼んだ。





「お兄ちゃん?」





最後にもう一度だけお兄ちゃんに呼び掛ける。





そしたら・・・






『・・・っ死にたい!!!!!』






いつもの叫びが聞こえてきた。






「今から行くから、私が行くまでは死なないでよ?

すぐに行くからね!!!」






お兄ちゃんは、夜になるとたまにこうなる。

通院の時はそこまで酷くないから入院にはならなくて・・・。

仕事を辞めてからはもっと酷くなってしまっていたのに、入院にはならない・・・。




タクシーでボロッボロのアパートに駆け付ける。

合鍵で鍵を開けようとするけど、これがなかなか開かないくらいボロッボロで。




それを今日もなんとか開け、扉を急いで開けた。




真っ暗の部屋の中・・・

私が電気を付けると、お兄ちゃんは布団の上であぐらをかき俯いていた。




「お兄ちゃん、可愛い妹が来たよ!!」




無言のままのお兄ちゃんにそう言って、お兄ちゃんの薬がある引き出しを開ける。

そこから頓服薬を取り出し、買ってきたペットボトルの水を渡そうとする。




「頓服飲んだ?」




「・・・そんなの飲んだって治らない!!!」




「今は楽になるから。」




そう言ってから、薬と水をもっとお兄ちゃんの手に近付けた・・・




その瞬間・・・




私のその手を力一杯払われた・・・。




薬も水も勢いよく飛んでいって・・・。




こんな風にされたのは初めてなので驚く・・・。




そしたら・・・


















「お前だけ楽観的に生きてるんじゃねーよ!!!!」










お兄ちゃんが叫んだ。

そう、叫んだ。




涙でいっぱいのお兄ちゃんの顔。

顔は・・・病んでいた。

精神科でよく見る、病んでいる患者さん達と同じ顔をしていた。

当たり前だけど、お兄ちゃんもそういう顔をしていた。




“しっかりする。

今は、しっかりする。”




泣きそうになるのを堪え、私は小さくお兄ちゃんに笑いかけた。




「俺・・・男なのに、無職でどうすんだよ・・・。」




「うん。」




「いつ治るんだよ・・・。」




「うん。」




「死にたい・・・っっ!!!」




「うん。」




そう言って泣き続けるお兄ちゃんに、また薬と水を近付ける。




「死にたくなったらまた連絡してね。

すぐに来るから。

最後くらい可愛い妹の顔を見てからにしてね。

私、結構可愛い顔してるし。」




私がそう言うとお兄ちゃんは小さく頷きながら、頓服薬を水で流し込んだ。

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