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家に帰り、お兄ちゃんと話し合った。
お兄ちゃんの勤務状況はお父さんと同じで、3日のうち1日は休み、1日はお昼頃の帰宅、1日は朝から次の日まで帰らない。
そんな状態なので、とりあえずお兄ちゃんがいない日は私が学校を休んでいこうということになった。
それを月曜日、担任の大塚先生に伝えた。
大塚先生は1年の頃から担任の先生で、入学してすぐの三者面談でお父さんがうちのお母さんのことも言ってあった。
なので今回のことも大塚先生は真面目な顔で聞きながら、頷き・・・
「元木さん、成績も内申も良いからね。
やるべきことはちゃんと出来てるから、お家の事情で出席日数のことは会議してみるけど。
それよりも・・・」
大塚先生が言葉を切った後、私に笑いかけた。
「先生も少し調べてみるから。
家も近所だし、何かあったら連絡していいからね。」
たまたま、すぐ近所に住んでいる先生だった。
たまたま、葛西先生の友達のお母さんが大塚先生で・・・
たまたま、私の担任の先生だった・・・。
*
そして1週間が過ぎて・・・
「悠ごめん・・・俺も、変だ。」
土曜日、お兄ちゃんが突然そう言った。
お父さんみたいに泣いてはいなかったけど、そう言った。
「眠れてる?」
「・・・こんな状況で眠れないだろ。
ただでさえ夜勤で眠れてないのに。」
「心がザワザワする?」
「ザワザワどころじゃない。」
「死にたいと思う?」
「最近、よく思う・・・。」
「病院電話しよう。」
そう言ってから、私が電話を掛けた。
お父さんが入院している病院。
話をしたらまた「すぐに来てください」と言ってくれ、お兄ちゃんは1人で病院に行けた。
お兄ちゃんが病院に行き、少し考えた。
でもすぐに電話を掛けた。
学校に休む連絡はしていたけど、大塚先生宛に電話を掛けた。
すぐに折り返しの電話を大塚先生が掛けてきてくれ、状況を説明した。
そしたら、午前中の学校が終わったら家に来てくれることに・・・。
最低限の家事やお母さんの介護をしながら過ごしていると、お兄ちゃんが帰ってきた。
入院する覚悟もしていたのでそれには少し驚く。
「何だって?」
「中度のうつ病と適応障害。
反応性のうつ病だって。」
お兄ちゃんはそう言いながら、病院で処方されたであろう薬を飲んだ。
お父さんがうつ病になってから私も色々と調べてはいたので、それだけで大体分かった。
*
「お兄さんと少し話せるかな?」
大塚先生が来てくれたけど、私は玄関から出て廊下で首を横に振って笑った。
「この状況への適応障害でもあるので、これ以上負担は掛けない方が良さそうです。」
「分かったわ・・・。
これ、月曜日に渡そうと思っていたもの。
お母さん、障害者手帳は持っているの?」
「お父さんが言ったら、お母さんが嫌がってしまって申請していません。」
「でも、元木さんならきっと大丈夫。」
「私は説得とか得意じゃないからな~・・・。」
「お母さんに助けてもらうの、元木さんが。
これから1人で頑張らないといけない元木さんのために、お母さんに助けてもらうの。
この手帳を持っていると多くの支援が受けられる。」
大塚先生がそう言って、印刷された多くの資料・・・。
そこにマーカーや付箋で色々とメモを書いてくれている。
「手続き、先生も一緒に行くから。」
それには笑い、首を横に振った。
「ここまでやってもらったのでもう大丈夫です!!
先生、ありがとう!!」
そう言った私に大塚先生が驚きながらも笑った。
「良い葉っぱが育ってるわね。」
「葉っぱ?」
「みんな心に種を持って生まれてくるの。
その種から葉っぱを伸ばし育てていくと先生は思ってる。
元木さんは良い葉っぱが育ってる。」
そんなことを言われ、私は胸の間に手をのせてみた。
そしたら・・・
鳴っていた・・・。
「どんなに大好きな家族でも、私には私の花火の音が鳴っているから。」
自分の花火の音を確認しながら大塚先生に笑いかける。
「しっかりする。今は、しっかりする。
葛西先生が教えてくれたから。」
その日のうちに、お兄ちゃんに大きめのバッグ2つを持たせて家を追い出した。
お兄ちゃんは最後まで抵抗していたけど、ここにいる限り良くならないから。
大塚先生の旦那さん名義の古いアパートがあり、その一室をすぐに貸してくれることになった。
その予定で鍵まで持ってきてくれていた。
数年後に取り壊す予定らしいけど、古いどころかボロボロのアパートらしいけど。
お兄ちゃんは私と違い綺麗好きだけど、そこは気にした様子ではなかったからよかった。
大塚先生に感謝をしつつ、お母さんがいる部屋に入った。
そしたら・・・
お母さんがベッドの上で起き上がっていた・・・。
それには驚いた。
お母さんは、リハビリを積極的にやりたがらなかった。
お父さんが必死に病院に連れて行ったり、自宅でもやろうとしたけど・・・。
お母さんは泣きながら嫌がることが多かった。
お母さんが排泄を自力で出来なくなったのは後遺症ではない。
それは精神的なものだった。
お母さんは身体の後遺症だけでなく、心にも後遺症が残っていた。
自力でベッドに起き上がったお母さんの隣に私も座った。
毎日虚ろな目をしていたお母さんの目は、しっかりしていた。
しっかりして、私を見ていた。
そんなお母さんを見ながら私は泣いた。
笑いながらだったけど、泣いた。
「お母さ~ん!!!助けて~!!!!」
そう言ってお母さんに抱き付いた。
私は末っ子で、いつも誰かに助けてもらって生きてきた。
先生の言葉を忘れずしっかりもしてきたけど、今はしっかりしない時だと思った。
だって、お母さんの目がしっかりしているから。
笑いながら泣いている私の身体を、ガリガリになったお母さんの両手がぎこちなく抱き締めた・・・。
お母さんの花火の音が聞こえる・・・。
鳴っている。
大好きなお母さんの花火の音は鳴っている。
入院したお父さんの花火も、一人暮らしを始めたお兄ちゃんの花火も。
離れているけど、しっかり鳴っている。
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