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心配になってきて、お母さんのスマホを見てみる。
パスワードも知っているから簡単に見られた。
今日は誰とも電話をしていない。
メールやメッセージも、お父さんと私としかやり取りをしていない。
友達とのメッセージも確認してみても、出掛ける約束をしていなかった。
これには・・・心配になる。
スマホでお父さんのスマホに電話を掛ける。
出なかった・・・。
出動していると絶対に出られないし、基本的には電話を掛けないようにも言われていた。
とりあえず、メッセージは送っておく。
そして、お兄ちゃんにも電話を掛ける。
でも・・・今日はバイトで。
お兄ちゃんも電話に出なかった。
大音量のテレビから笑い話が聞こえる中、花火の大きな大きな音が・・・。
私の身体の底まで震えるくらいの大きな大きな音が・・・。
さっきまで煩かっただけの音が、今では怖く感じた・・・。
なんでか分からないけど、凄く怖いと思った。
あとは何が出来るのか分からず、スマホだけを見下ろす・・・。
夏休みで学校も休みだし、花火大会だし、他に誰か・・・
他に誰か・・・。
そう思った時、先生を思い出した。
さっきまで会っていたし、1回も連絡したことはないけどテスト前に連絡先を教えてくれていた。
塾の先生だけど、先生だし・・・。
そう思いながら先生に電話を掛けた・・・。
電話を掛けるとすぐに出て、状況を説明したら・・・数分で家に来てくれた。
いつものように優しい笑顔で、その笑顔を見たら凄く安心した。
「お父さん、どこの消防署なんだろう?」
「知らないんだよね。」
「最寄り駅も知らないかな?」
「知らない・・・。」
私がそう答えると、先生はいつもの優しい笑顔で頷きスマホを操作し・・・
少し離れて廊下の方へ・・・
どこかに電話を掛け、またどこかに電話を掛け・・・数分で戻ってきた。
「お父さんと話したよ。」
「え!!??先生凄いじゃん!!」
私が驚いていると、先生はいつものように優しい笑顔で笑いかけてくる。
「明日のお昼にはお父さんが帰ってくるから、それでも帰らなかったら警察に行くって。」
「警察・・・。」
一気に不安になり小さく呟くと、先生はいつものように優しい笑顔で私を見る・・・。
それに少し安心する・・・。
「元木・・・お兄ちゃん帰ってくるまで俺がいようか。」
先生がそう言ってくれる・・・。
それには首を横に振った。
お父さんに連絡をしてくれ、あとはお母さんの帰りを待つだけだしお父さんにも知らせることが出来たし・・・。
「先生、ありがとう。」
「ここまでしか出来なくて申し訳ないけど。
花火大会、そろそろ終わるね・・・。」
先生が時計を見ると、あと数分で花火大会が終わる時間だった。
部屋の中に大きな大きな花火の音が鳴り響く・・・。
凄い怖かった。
この花火の音がさっきから凄い怖かった。
「悠ちゃん・・・。」
先生が真面目な顔で私を見た。
私の目から涙が流れているからだと思う。
大嫌いな葛西・・・先生の弟でもある葛西が転校してから、私は久しぶりに涙を流した。
涙を流しながら先生を見て、顔がソックリな葛西を思い浮かべる。
時限爆弾を持っているような男だった。
この花火の音がカウントダウンのようにも聞こえてしまう。
何かが終わる、カウントダウンのような気がしてしまう。
そう思った時・・・
私の心臓が大きく大きく鳴った・・・。
自分でも分かるくらい大きく大きく鳴った・・・。
そして、花火の大きな大きな音と重なる・・・。
そうだ、これは・・・
カウントダウンなのかもしれない・・・。
「心臓の音・・・」
小さな声で呟いた。
花火の音で聞こえないくらい小さな声で。
でも先生には聞こえていたみたいで、私を真剣な顔で見詰めた・・・。
「この花火の音が終わる時、お母さんの心臓の音が終わるような気がしちゃう。
怖い・・・。
この花火の音が終わるのが怖い・・・。」
そう思った・・・。
なんでか分からないけど、そう思った・・・。
私の心臓の音が大きく大きく鳴り、花火の大きな大きな音で身体の底から震えた。
その震えが・・・私の身体を本当に震わせた。
「先生・・・花火の音が終わるまで、抱き締めて・・・。」
断られるかと思ったら・・・
先生は優しく抱き締めてくれた・・・。
先生は、優しい・・・。
先生の優しさに包まれて、少しだけ身体の震えはおさまった・・・。
「俺の心臓の音は聞こえてる?」
先生に聞かれ、先生の胸に耳を当てると当たり前だけど心臓の音が聞こえた。
「花火の音が終わっても、俺の花火の音と同じように悠ちゃんの花火の音も鳴っているからね。」
「うん・・・。」
「どんなに大好きな家族であっても、悠ちゃんには家族とは違う花火の音が鳴っているからね。」
「うん・・・。」
そう答えた時、花火の音が・・・
花火の音が・・・
終わった・・・。
それが分かり、私の心臓は大きく大きく大きく鳴りだす・・・。
先生の胸につけた耳からも、先生の心臓の音が大きく大きく大きく鳴っている・・・。
それを聞いていた時、先生が言った・・・。
「しっかりしよう。」
そう言った・・・。
いつも優しくて私の気持ちを汲み取ってくれる先生が、こんな状況でそんなに厳しいことを言った。
それに驚いていると・・・
「しっかりしよう。
今は、しっかりしよう。」
そう言ってから、先生が私から離れた・・・。
驚いている私に先生はいつものように優しい笑顔で笑いかける。
「悠ちゃんの花火の音は鳴っているからね。
しっかりしよう。
今は、しっかりしよう。」
そう言われ、私は自然と頷いた。
先生はいつものように優しい笑顔で笑い掛けてくれる。
「俺もいるから大丈夫だから。」
そう言って笑い掛けてくれた先生は、“先生”だった。
塾の先生ではなく、“先生”だった。
なんとなく生きてきた私を“しっかり”させることが出来る、“先生”だった。
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