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引退試合の後、みんなが泣いている。
私も泣きたいくらい悔しかったし悲しかったし寂しかったけど、泣くのをグッと我慢した。
葛西に泣かされ続けた3年間、それから強くなろうとした年月。
それらで私は泣くことが出来なくなった。
“泣きたくない”という強い思いだけが反応してしまい、泣けなくなってしまった。
まあ、別にいいんだけど。
「悠のお母さん、最後の最後まで凄かったね~!!」
帰り道に他の部員みんなから笑われる。
お母さんは面倒見も良くて面白くて、私の友達からもすごく好かれていた。
「今度また悠の家でお泊まり会したい!!」
「え~・・・お母さんが1番盛り上がって煩いから別の子の家がいいな~。」
「それが面白いんじゃん!!
ねえ、悠のお母さんこの前雑誌載ったでしょ?
うちのお母さんが自分のことのように自慢してたんだけど!!!」
「ね、良い歳してオーディションまで受けに行って恥ずかしいんだけど。」
「悠のお母さん美人だから4ページも1人で載って、会話まで載せられてたじゃん!!」
部員の子にそう言われ苦笑い。
お母さんはエアロビクスにもハマっていて、おじいちゃんおばあちゃんの介護の合間に家事も完璧にやりジムやママさんバレーまで。
おじいちゃんおばあちゃんを看取った後、スッキリした顔でスポーツ系の雑誌のオーディションまで受けに行き、なんと1回目から4ページもお母さんオンリーのページになった。
*
「悠ちゃん、部活引退したんだってね。
3年間頑張ったね。」
部活を引退してすぐ後の塾、先生がいつもの優しい顔で笑い掛けてくれる。
先生は優しいし話しやすいし、教え方も上手くて葛西とは全くの別人だった。
「そんなに頑張ってないよ。
なんとなく頑張ってただけ!
私は何事もあんまり一生懸命になれないんだよね。
お兄ちゃんは熱い男なのに。」
「お兄ちゃんと全然違うよね。
俺の所も兄弟全然違うから、兄妹だからって同じにはならないよ。」
「あいつどこの高校目指すか知ってる?
あいつとだけは絶対に違う高校がいい。」
そんな風に聞いてみたら、めちゃくちゃ偏差値の高い進学校だったので苦笑いをした。
必然的に違う高校になると分かったから。
「悠ちゃん、そろそろ志望校を決めようね。」
「ね~!!どうしよう~!!
偏差値あんまり高くなくて、なんとなく行けるくらいの所がいい~!!」
私がいつものように答えると、先生もいつものように笑う。
「悠ちゃんが本気を出したら結構上まで行けるけど、そうしたいの?」
「うん、なんとなく行ける高校に行って、なんとなく行ける大学を卒業したい。」
「大学には行きたいんだ?」
「4年間遊べるよってお母さんに言われたから行きたい。
高卒だとすぐに働くんだよって言われたから、それは無理。」
「お母さんは悠ちゃんを上手く誘導してくれるよね。」
「誘導じゃなくて命令だけどね、いつもは。
大学の話は確かに上手くのせられちゃったかも。」
「学校見学とかに行って、雰囲気とかもよく見てから決めようか。
成績がかなり伸びてるし公立の過去問でも点数取れてるから、このまま気負わないで勉強していこう。」
先生がそう言って、勉強が始まった。
お母さんに命令された塾のお陰で・・・先生のお陰で、私の成績はめちゃくちゃ上がり学年でも常に上位になっていた。
「今日はここまでにしよう。」
夏期講習で長い時間勉強になっていくのだけど、今日は夕方で切り上げとなった。
「すぐそこで花火大会が開催されるからね。
花火の音がずっと聞こえてきて勉強にならないから、夏期講習でも今日は夕方までなんだよ。」
「家でテレビ見てゴロゴロしよ~!!!」
私が片付けていると、先生は少し驚いた様子だった。
「悠ちゃんは見に行かないの?
塾に一緒に来てるカップルは“見に行く”って楽しみにしてたけど。」
「先生が“カップル”って言うとオジサンみたいだね!!」
「悠ちゃんから見たら俺はオジサンだろうね。」
大学4年生になった先生。
卒業をしたらお父さんが社長をしている保険会社に入社をするらしい。
私から見たらオジサンだけど、優しくて安心出来て頼りになる塾の先生だった。
「でも、りんご飴だけは食べたい!!」
先生が出口まで見送ってくれた時、軽い気持ちでそう言った。
「私りんご飴が大好きなんだよね。
余裕で3本は食べられるくらい!!」
「それは大好きだね。」
「今日はお父さんが泊まりの日だから、お母さんに花火大会誘われたけど断っちゃってさ。
2年間は部活帰りにみんなで花火見に行ったけど、塾も早く終わるしテレビ見てゴロゴロしたくて!!」
私がそう言うと、先生は面白そうな顔で笑っていた。
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