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クライアントでもある女の人はしっかりとした顔で、しっかりとした足取りで事務所を出ていった。
それを先生と見送った後、先生が私のことを見たのは分かった。
先生の目は見ずに笑いながら言う。
「だから言ったじゃん。
私は良い女じゃないって。
私は“重い女”だって言ったじゃん。」
「悠ちゃんは良い子だよ。」
「良い子とは言われる、よく言ってもらえる。
それはそうでしょ、あの家族の中で普通でいられたのは私1人で、福祉には勿論頼りまくったけど私だって色々とやってたから。」
先生の顔を見ることなくデスクにつき、仕事を再開させる。
「悠ちゃん・・・」
「今は仕事中だから。後で話そう。
でも、しっかり考えて。
しっかりと考えて。」
少し多めに空気を吸ってから先生を見た。
「もしも妊娠していたとしても、私は先生がいなくても育てていく。
しっかり育てていくからそこは安心して?」
そう言って笑いかけると、先生は困った顔で笑っていた。
*
“後で話そう”
そう言ったのに・・・。
先生は頷いていなかったけど、私はそう言ったのに・・・。
20時になって先生から届いたメッセージは・・・
《今日は別件が入ったので、また今度。
明日から出張なので金曜日の夜に事務所に戻ります。》
だった・・・。
それはそうだ・・・。
それはそうなる・・・。
大学1年生の時に付き合った彼氏からも、この話をした次の日にはフラれてしまった。
嫌な感じにではなく、何度も何度も謝られて。
その人がサークルの人達にも相談してしまったので、サークル内にも私の家庭事情は知られた。
でも、私は隠していなかった。
中学でも高校でも隠していなくて、先生達も友達もみんな知っていた。
“1人でもしっかり生きていける”
先生はそう言っていたけど、私は1人でなんて生きていけなかった。
みんなに助けてもらっていた。
末っ子の私が1人で生きていけるわけがない。
高校2年生の時にお父さんがそういう状態になり、担任の先生にすぐに相談したし友達にもすぐに言った。
助けてもらっていた。
担任の先生は助言だけでなく色々と調べてくれたし、友達は精神的に支えてくれた。
実際に動いていたのは私だけど、私はみんなに助けられて生きてきた。
勿論、お母さんのヘルパーさんからも凄い助けられてきた。
大学生になってもそれは変わらなかった。
別れた彼氏も男友達として助けてくれたし、他のみんなだって。
そして先生も・・・知っていた。
お母さんのことだけは知っていた。
中学3年生の時にお母さんがそうなってしまったから、先生はお母さんのことだけは知っていた。
でも、お父さんやお兄ちゃんのことは言えなかった。
26歳の時に先生の事務所に誘ってもらえて、いつでも言えたのに私は言えなかった。
先生には知られたくないと思ってしまった。
先生にだけは思われたくないと思ってしまった。
私が“重い女”だと思われたくないと思ってしまった。
私の大好きな家族のことを、先生にだけは“重い”と思われたくなかった。
先生にだけは知られたくなかった。
だから、やめてほしかった。
私に対して頑張ることをやめてほしかった。
それは私が良い女ではないという証明になってしまうから。
先生にとって私が良い女ではないとう証明だから。
先生を不幸にするのは私でない誰かであってほしかった。
それくらい、私は先生のことが好きだった。
それくらい先生のことが好きだったから、私は言えなかった。
私がどう良い女ではないのか言えなかった。
私がどう“重い女”なのか言えなかった。
だって、嬉しくもあったから。
好きな人から頑張ってもらえて、嬉しくもあったから。
だから濁したまま、抱いてもらった・・・。
幸せだった・・・。
女として私は、幸せだった・・・。
「よかった、私は良い女じゃなくて・・・。
だから先生に抱いてもらえた・・・。
初めてを、先生に貰ってもらえた・・・。」
自然と笑いながらスマホの画面を黒くした。
涙が流れたけど、これは悲しみの涙ではない気がする。
「寝よう・・・。」
寝れば忘れる。
私は引きずらないタイプで、色んなことも寝れば忘れられる。
どんなことも寝れば忘れてこられた。
お父さんとお母さんには期待させて可哀想なことをしてしまったけど、そこは仕方がない。
1人で“しっかり”は生きていけないけど、1人でなんとなくだったら生きていける。
そのことは家族全員が知っているので、大丈夫。
きっと、大丈夫・・・。
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