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火曜日・・・




「先生、勝手にお父さんにも話さないでくださいよ。

事務所でも勝手に話すし・・・。」




出勤してすぐ先生に文句を言う。

挨拶もせずにすぐ。




「おはよう、悠ちゃん。

お父さん何か言ってた?」




「お父さんもお母さんも喜んじゃってましたよ・・・。」




「それはよかった。」




先生が嬉しそうな顔で笑う。

大嫌いな葛西と全く同じ顔で、先生はこういう顔で笑う。

葛西とは全く同じ顔なのに、表情を見れば別人なのだとはすぐに分かるくらい優しい顔で笑う。




「先生、今日の夜お時間ありますか?

お話したいことがあるんですけど・・・。」




「20時くらいになるけどいいかな?

出先からそのまま帰るよ。

悠ちゃんの一人暮らしの部屋に行こうか?」




「掃除するのが今日の気分じゃないので、先生の部屋でもいいですか?

後で住所を送ってください。」




「悠ちゃんのお兄ちゃんから“汚部屋”って聞いたことがあるけど、普通だったけどね。」




「この前はたまたま朝に掃除したタイミングだったので。

1週間に1度くらいしか掃除とかしませんよ、私。

大丈夫ですか?」




「そんなの僕がやるから問題ないよ。」




大金持ちの弁護士37歳、顔も性格も良い人がそんなことまでしてくれるらしい。




「先生って、やっぱり女を見る目がないですよね。」

















事務所の先生の部屋の中、この前の女の人が。

不倫していた旦那さんに毎日お弁当を作っていた、3人のお子さんのお母さんでもある女の人。




「1度確認していただきたくて。

こんな感じで大丈夫ですか?」




スマホを先生に見せながら、集めた証拠を先生に説明している。

それに対して先生がアドバイスをしていき、女の人がメモを取っていく。

でも、その顔は・・・不安でいっぱいの顔をしている。




「あまり気負わないでくださいね。

僕もいますので。」




先生がいつものように優しい笑顔でそう言う。

それに女の人が少し笑って、俯いてしまった。




「実は、3人目の子どもには・・・障がいがあるんです。

旦那がやっていることは許せませんが、私1人で3人を育てていくのは無理だと思ってしまいます。」




そんな話を聞いてしまい私の心臓は大きく鳴り始める。




「そうでしたか。

では、離婚はせずに相手の女性に慰謝料請求する方針にしますか?」




「・・・そんなことをしたら旦那が怒って離婚するとか言いませんか?

この前はカッとなって絶対に許さないと思っていましたけど、実際私1人で働いて育てるのは無理です。」




「そのために慰謝料や養育費を請求していきますから。」




「決まっていた養育費も払わない人もいると聞いたので、旦那もそういうタイプかもしれないですし・・・。

障がいのある子どもを抱えて、私1人で生活をしていくには・・・」




私の心臓が大きく大きく鳴っていく・・・。

身体の底から震えるほど大きく大きく鳴っていくから、自然と立ち上がってしまった。




「福祉にも頼めますから。

そんな男、本当に必要ですか?」




そして、自然と口から出て来てしまった・・・。




女の人は少し驚いた顔をして顔を上げた。

でも私を見て怒った顔にもなった。




「お金も少しですけど入れてくれますし、家だってありますし。」




「子育てには協力してくれているんですか?

養育費を払わないタイプかと疑ってしまうくらいのその男は、子育てに協力してくれているんですか?」




「・・・っでも!!!私1人じゃ育てられないから!!!」




「その為の障害者福祉があります。

その為の母子家庭への支援があります。」




先生への確認もせずに勝手に女の人の隣の席に座る。




そんな私を女の人が睨み付けてくる。




「でも待っているだけではどんなサービスも受けられないですし、誰も教えてくれません。

日本には沢山の支援があるのに聞きに訪れた人にしか教えてくれないんです。」




「そんなことを聞きに行く時間もありません!!

今日だってやっと時間を作ったんです!!

・・・あなたみたいな人には分かりません!!!

若くて可愛くてこんな立派な法律事務所で働いて!!!」




そう言われ、私の心臓が大きく大きく鳴っていく。

そんな私を見ている先生の視線を感じるけど、見えないことにした。




大きく大きく鳴っていく心臓の音を聞きながら、口を開く・・・




「私の母は、障害者手帳を持った障がい者です。」

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