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少しだけ残業をして、家の最寄り駅から暑い夜の道を歩いていく・・・。




“先生”は、“先生”だった。

中学1年生の頃から通っていた個人指導塾の、私の“先生”だった。

大学2年生から4年生までの先生を私は知っている。




でも、塾の中でだけ。

プライベートでは会ったことがないし、先生のプライベートの話も聞いたことがない。

それくらい、先生はいつだって“先生”だった。

勿論、お互いに恋愛感情はなかった。




そんなことを思い返していると・・・




「元木じゃん!!」




と・・・曲がり角の方からイヤ~な男の声が私の名前を呼んだ。

見てみると・・・“葛西”だった。





先生の弟の葛西だった。

背格好から顔まで先生にソックリで、7歳も違うのにどこをどう見ても先生にしか見えない葛西だった。

小学校1年生から3年生までの同級生だった葛西だった・・・。




「あからさまにイヤな顔すんなよ!!」




「するでしょ、私はアンタが大嫌いだし。

忘れられないくらい大嫌いだったのに、アンタは私のことを覚えてないし。」




私が葛西を睨みながら言うと、葛西は大笑いをした。




「お前、詐欺師かよってくらい変わったから全然分からねーよ!!!」




「そんなことないでしょ?

化粧はしてるけど、そんなに変わってないはずだけど。」




「見た目じゃねーよ!!

見た目だったら俺はどんなに変わってても分かるけど、お前クラスで1番の泣き虫女だったじゃねーか!!」




大笑いを続けている葛西を見る。

先生と同じ優しい顔から、葛西はこんな感じの言葉が出てくる。





「葛西、何でこっち?

実家は向こうじゃん。」




「新居建てたんだよ、あれ。」




指を指された家を見てみると・・・少し前に完成された新築の大豪邸・・・。




「・・・自分にはお金を掛けないお母さんの言葉はどこいったの?」




「嫁さんと子どものため!!

嫁さんの友達が来たりするかもしれねーだろ!!

いつか嫁さんにも友達出来るかもしれねーし!!」




去年の12月・・・

先生にしつこく誘われ、近所に住んでいるので帰り道に実家に寄るよう誘われた。

数日前に“実家にクリスマスツリーが飾られた”と言っていたので、軽い気持ちで“大金持ちのクリスマスツリーは凄そう”と言ってしまって。




そしたら葛西と婚約者まで実家にいて、ちゃんとしてそうな婚約者からご飯に誘われたので一緒にご飯まで食べてしまった。




「あの奥さんなら友達いるでしょ?

ネコみたいで可愛かったじゃん。

アンタだけじゃなくて、私にまで抱き付いてスリスリしてきたし。」




「あの日から急に酒が弱くなったんだよ・・・。

俺は嫁さんと2人の時しか酔えねーけど。

・・・あ!!兄貴、元木の前で酔う!?」




そんなことを聞かれ首を横に振る。

事務所の飲み会でも先生はかなりお酒が強いし、酔っているところを見たことがない。




「なんだ、つまらねーな!!

兄貴酔ったらどんな感じか気になってたんだよ!!」




「お酒強いんだから、酔うわけないじゃん。」




「それが、俺も姉貴も強いはずなのに好きな相手の前だと酔いつぶれる!!

缶ビール1本でも酔いつぶれる!!」




葛西がそう言って・・・私は少し考えた。




「もしかして、あれ酔っ払ってたのかな。」




「お!酔ってたか!?」




「でも顔も赤くなかったし普通に喋ってたし・・・。

でも、先生どこいったの?くらい先生じゃなかった。」




私が答えると、葛西が大笑いをした後に私を見てきた。




「お前みたいな奴でマジで良かった!!

兄貴は女を見る目がなさすぎるからな!!」




「・・・それって、私が良い女じゃないってことなんだけど。」




「大丈夫だろ?お前良い奴じゃん。」




「良い奴だったとしても、良い女ではないこともあるから。」




「・・・変な性癖でもあんのか?」




「それは先生じゃない?」




「それはねーよ!!!」




葛西が大笑いしてから、腕時計を見た。




「そろそろ城に戻る!!仕事!!」




「どこの王子の発言?」




まさか大嫌いな葛西とこんな感じになる日が来てしまうとは思わず、苦笑いをしながら実家の方に帰った。




「ただいま!」




「お帰り~!!」




お父さんの声がリビングから聞こえてきて、私はお出迎えしてくれたハナビの頭や喉を両手でワシャワシャと撫でる。




黒い長い毛が宙に沢山舞って、後でブラッシングをしようと思った。




元気にチョコチョコと小さな身体で歩くハナビと一緒にリビングに入る。

ハナビのオモチャボックスには先生から貰ったりんご飴が入っている。

日曜日に私が実家に持ってきて、お父さんとお母さんと食べたから。




「今日は冷やし中華!!

今麺茹でるから!!」




「よかった~!!少し夏バテかも!!

暑くて食欲全然ない!!!

毎日冷やし中華でいいんだけど!!」




「俺も冷やし中華好きだけど、お母さんがそこまで好きじゃないから!!」




何事もお母さん優先のお父さんに断られてしまって、自然と笑顔になる。




卵もキュウリもハムも全て均等に細く切られ、麺の上に綺麗に盛り付けられている。

私が好きなトマトは沢山のせてくれていて、冷たいトマトが美味しかった。




冷やし中華をムシャムシャと食べていると、お父さんがソファーに座るお母さんの隣ではなくダイニングテーブルの椅子に座ってきた。




「葛西先生と付き合うことになったんだって?」




そんなことを言われ、口に入れた麺を勢いよく吹き出してしまった・・・。

冷やし中華の酢が変な所に入り、むせながらお父さんを見る。




「今日葛西先生から電話が掛かってきて、付き合ってることと先生は結婚したい思ってるって言ってたよ。

日曜日に挨拶に来るんだってな!」




「家の電話番号・・・あ、事務所に提出してるやつ・・・?

怖いんだけど、勝手にそんなことされて。

弁護士なのにそんな情報を勝手に使っていいの?」




「付き合ってるんだし別にいいだろ?

悠こそ早く言えばよかったのに。

葛西先生とは塾の面談でも会ったことがあるし、頼りにもなる人でよかったよ!」




「そうだけど・・・。

こんなに急いで外堀埋められても・・・。

なんか急にあんな感じになって、何が起きたのかさっぱり分からないんだけど。」




「まあ、でもよかったよ!!

お母さんも大喜びだよ、ね!!お母さん!!」




ソファーに座りハナビをゆっくり撫でているお母さんが・・・それはそれは満面の笑みで私を見て頷いていて・・・。




これは、先生としっかりと話さなければいけないと思い小さく溜め息を吐いた。


















夜ご飯を実家で食べ、一人暮らしの部屋に戻る。

スーツを脱いでいきそこら辺に置いてシャワーを浴びる。




白いタイルに水垢が見えているのに気付き、土曜日に掃除すればいいやと見ないことにした。




お風呂場から出てタオルで頭や身体を拭く。

日曜日に洗濯物を洗わなかったので、先週からの洗濯物も結構溜まっている。




それを見て・・・明日やればいいやと思い見ないことにした。




土曜日の朝に片付けや掃除機をかけたのでそこまでホコリも見えない・・・ような気がする。

白めのフローリングだから私の黒い髪の毛が落ちているのは目立つ。

でも、土曜日の朝に掃除機をかけたから次は金曜日や土曜日くらいかなと。




お母さんもお父さんもお兄ちゃんも綺麗好きで完璧主義なタイプ。

私に一体何が起きたのか、家族で1人だけこんな感じだった。




実家にいた時はお母さんにもお父さんにもよく促されてやっていたけど、私の部屋だけは散らかっていた。




お兄ちゃんからは“汚部屋”と言われていたけど、そこまで酷くはない。

私以外の3人が綺麗好き過ぎるだけ、完璧主義過ぎるだけ。




そんなことを考えながら、散らかり始めている部屋の中・・・

髪の毛も乾かさないままベッドに寝転がってテレビをつけた。

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