高二・冬

ありがとう

 街の至る場所が、イルミネーションで彩られるようになった。年の瀬の近い、そんな季節。

 街の無駄に賑やかな装飾も、これまではただ目障りだとしか思っていなかった。だけど今年は、その只中を一緒に歩きたい人がいた。しかしその願望は叶わない。

 優牙が向かうのは、街の喧騒から離れた建物。楽しむための場所ではない。

 何度も通ってきた病院のロビーを通り、病室に向かった。

 廊下を歩いていると、目的の病室のドアが開いて二人の人物が出てきた。六花の両親だ。二人して冴えない表情。

 優牙に気づいた二人がこちらに目を向けた。

「こんちは」

「こんにちは」

 これまでに何度か顔を合わせたことがある。優牙は六花のクラスの友達ということになっているはずだ。

「いつも来てくれてありがとう」

 六花の父親が言った。聡明で優しそうな人。黒縁の眼鏡をかけている。

「今、入っても大丈夫ですか?」

 優牙は六花の病室を示して尋ねる。

「ああ」

 六花の父親は答えたが、寂しげな表情だった。康広の姉にあたる六花の母親も、同じような表情。

 両親は去っていった。

 優牙はドアを軽くノックした。中から小さな返事が聞こえる。ドアを開けた。

 ベッドの上で座っている六花の姿が見える。いつにも増して元気のない様子だった。

 優牙はドアを閉めて、ベッドのほうへ近づいていく。六花は俯いて、優牙の顔を見なかった。意識的に視線を逸らせている。

「おっす」

 六花がようやく顔を上げて優牙を見た。無理に笑おうとして引きつっている彼女の顔がそこにあった。

「おっす」

 挨拶を返して、六花はまた俯いた。

 優牙は先ほど見た浮かない顔の六花の両親の様子を思い浮かべる。

「あのね、優牙くん」

 六花が優牙を見ずに言う。六花は何かに耐えるようにシーツの端を強く握っていた。

「もう、来なくていいよ」

 六花の言葉は静かな病室に残酷に響いた。

「せっかくの優牙くんの大切な時間、こんなところで無駄にしなくていいよ」

 六花は引きつった愛想笑いを優牙に向けた。目の端に涙が浮かんでいる。

「もうすぐクリスマスだよね? 私のことは忘れて楽しく過ごして」

 六花の体は小刻みに震えていた。見ているこちらまで痛々しい。

「お前、嘘が下手だな」

 六花の顔から笑みが消えていく。

「本当は俺に来てほしいって、顔に書いてあるぞ」

 六花は困ったような顔になった。

「いいんだよ、俺には嘘吐かなくて」

 優牙は六花に近づいて彼女の手を握った。冷たい手だった。両手で彼女の手を包み込み、自分の熱で彼女の手を温める。

 六花の様子が落ち着いてきた。

「ありがとう」

 それは一体何回目のありがとうだろう?

「一つ、言っておくことがある」

 六花の傍に寄り添いながら優牙は話す。

「お前はそうやって何回も俺にありがとうって言う。だけど、そう思ってるのはお前だけじゃない」

 六花は不思議そうに優牙を見た。

「俺はつまらない人間なんだ。ろくでもない。生きる楽しみもなかった」

 六花は真剣な表情で優牙を見つめている。

「お前に会うまでは」

 優牙は六花と目を合わせ、そしてまた逸らせた。

「初めてだよ。世界がこんなに色鮮やかに見えたのは。それはお前がいてくれたからだ。だから」

 優牙は六花の手を握り締めた。

「ありがとう」

 六花はぼんやりとした目で優牙を見ていた。

 二人だけの空間。二人だけの空気。二人だけの時間。

「俺と一緒にいてくれ。ずっと」

 優牙は手首に巻かれたミサンガに願いを込めた。

 六花は穏やかな表情を浮かべている。

「私ね」

 六花は静かに話し始める。

「あとどれぐらい生きられるかわからない。普通の人より短い人生なのかもしれない」

 六花の顔に悲壮感はまったく見えなかった。

「だけど」

 彼女の顔がほころんだ。

「優牙くんがいてくれるから、世界一幸せだよ」

 その彼女の微笑みは、何より美しい優牙の宝物だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る