深夜に咲いた花

 夏の気配があった。紅い夕暮れ。人々の熱気。サンダルを擦り歩く音。

 街頭に出店が並んでいる。大勢の人間が行き来している。

 優牙は蓮と一緒にいた。二人とも浴衣だ。

「なあ蓮」

「何ですか?」

「こうやって二人で歩いてると、俺たち恋人同士に見えるかな?」

「や、やめてくださいよ」

 優牙は照れて離れようとする蓮の手首を掴んだ。蓮は顔を赤らめながらいじらしい表情を浮かべて優牙を見る。その反応もまた良し。

「ちょ、ちょっとあんたたち何イチャついてんの?」

 声が聞こえたので目を向けると、茉莉と六花がいた。茉莉は赤と白の花柄の浴衣で、六花は紺と水色の落ち着いた色だ。髪型もきっちりセットされている。六花は目を丸くして優牙と蓮を見ていた。

「優牙くんと星村くんってそういう関係だったの?」

「ちっげーよ」

「ちちち違いますよ」

 優牙が蓮の手首をぱっと話すと蓮はようやく安堵の表情になった。

 四人は出店が立ち並ぶ人混みの中を歩いていく。

 優牙は六花の横に何気なくついて、彼女にだけ聞こえる音量でぼそっと囁いた。

「やっぱ似合うな」

 優牙の言葉を聞いた六花は少しはにかんだ後、嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう」

 人々の声、雑踏。立ち昇る煙と香ばしい匂い。

 隣に華。

 歩きながら、優牙は片手を六花に向けて差し出した。六花は優牙のその手を見つめる。

「お前、迷子になりそうだからな」

 六花はくすくすと笑った後、優牙の手に触れた。彼女の手は温かった。

 そうして手を握って歩いていると、二人の様子に気づいた茉莉が怪訝な顔を向けてきた。

「やっぱりあんたたち付き合ってんの?」

「さあな」

 優牙は適当に返す。

「お前らも同じことすればいいじゃん」

「えっ!?」

「えっ!?」

 茉莉と蓮が同時に短く叫んだ。お互いの顔を見合って、同時に顔が赤くなる。

「あっああああたしはべつにどっちでもいいんだけど。ほっほほほ星村がそそそそこまで言うんだったら」

「ぼっぼぼぼぼぼ僕は何も言ってませんよ」

「お前ら新手の漫才師か?」

 二人の慌てぶりを見ていた六花が楽しそうに笑った。

 茉莉がふと真剣な表情になって六花を見る。

「六花、あんたなんか幸せそうね」

「うん。私今すごく幸せ」

 六花の言葉と無垢な笑顔で、四人の間に伝わるものがあった。

 今日この日をとても大切なものにしようと思った。

 どんなに時が経っても忘れない、大切な思い出に。

 出店で食料を調達し、食べ歩きをしながら花火大会の会場へ向かった。

 川岸の会場は混雑していた。しかしだからこそ味わえるライブ感もある。多くの人間が同時に一つの楽しみを共有する、非日常。お祭り感。

「お茉莉感」

「はあ!?」

 空いていた場所にシートを敷き、四人は座った。

 同じ方向を向き、これから起こる現象に期待を膨らませる。

「四人で来れてよかったね」

 茉莉が珍しくしっとりとした感じで言った。

「はい」

 蓮が返事をした。

「なんか、泣きそうになってきた」

 体育座りをしている茉莉が膝に置いている腕に顔を隠した。

「茉莉ちゃん、大丈夫?」

 六花が心配そうに声をかけた。

「うん。だいじょぶ」

「どうしたの?」

「すごく楽しくってさ。終わったらきっと寂しくなるんだろうって」

 茉莉の気持ちはよくわかった。夏の終わりはいつも寂しい。

 だけど。

「大丈夫だろ」

 優牙そう言うと、他の三人が優牙に顔を向けた。

「今日が終わっても、季節はまた巡ってくる」

 優牙の言葉で蓮は笑顔になり、茉莉は悔しそうな顔になった。いいこと言われたみたいな。

 六花は優牙に顔を少し近づけてこそっと囁く。

「優牙くんって、やっぱりキザだよね」

 一応褒められているようだったので、優牙は放っておいた。

 その時目に光るものが映った。

 続けて弾けるような音が鳴る。

 花火が上がっていた。

 空にひとときの煌めきを残し、散っていく。

 同じ景色を見ていても、感じることはきっと違う。

 優牙は隣に座っている六花の顔を眺める。彼女は一心に花火を見ていた。彼女の瞳にその光が反射している。

 六花は何かに耐えるように歯を噛みしめてぎゅっと唇を閉じていた。

 優牙は六花のほうに手を伸ばす。せめて少しでも、彼女が感じているものを和らげてあげようと。

 彼女の肩に腕を回し、抱き寄せた。

 六花は抵抗せず、優牙の胸に体を預けたまま花火を見ていた。

 彼女の目尻に光るものが見えたが、その涙が零れることはなかった。

 二人寄り添いながら見た花火は、どこか儚げで、けれど美しかった。



 深夜すぎに、優牙は赤いパーカーのフードを被った六花と一緒にいた。

 六花は駅前のバスロータリー付近の壁に、グラフィティを描いている。優牙はその様子を近くから眺めていた。

 壁に描かれているのは、花火だ。六花は花火の一筋一筋まで丁寧に色をつけていく。

 カラフルで鮮やかなアートの片隅には、モノクロのネズミが静かに佇んでいる。

「このネズミは、私だよ」

 六花の消え入りそうな声が聞こえた。六花は手を動かし続けている。

 優牙は黙って彼女の次の言葉を待った。

「季節に取り残された、色の無い心」

 優牙は彼女の言葉の意味を考える。

「でもね」

 六花が手を止めて、優牙を振り返った。

「優牙くんと出会ってから、私にも色がついたんだ」

 六花は優しく微笑んでいる。

「優牙くんが、私を見つけてくれたから」

 彼女が咲かせた笑顔の花は、きっとどんな花よりも美しかった。

「ありがとう」

 彼女の声がしんとした夜の空気に溶け込んでいく。

 六花は最後にネズミに色を塗った。

 それは夏の空の色。

 青い青い、遥かな空。

 六花は絵に季節を表現した。

 そして夏が過ぎていく。



 夏休みの終わった新学期。

 教室に六花の姿はなかった。

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