勃発・水風船合戦
学校が夏休みに入った。予定の合う日に、優牙、蓮、茉莉、六花の四人で集まって何かをしようということになった。
その日、四人で集合する前に優牙と蓮の二人は駄菓子屋にいた。店の中を見て回る。
「懐かしいですね。小学校の遠足のおやつで持っていったりしていました」
蓮が駄菓子屋のノスタルジーに浸っているうちに、優牙は棚から水風船のパックを続々と取り出していた。
「このつまようじで食べるモチッとしたグミみたいなやつ、好きなんですよね。って、どうしたんですかその水風船の量!?」
「なあおっちゃん、バケツあったら借りてもいい?」
優牙は蓮の問いかけを無視して駄菓子屋のお年寄りの店主に話しかけていた。
駄菓子屋から出て、水風船と水鉄砲二丁を入れたバケツを持ちながら炎天下の昼下がりを歩く。
待ち合わせの公園に着くと、茉莉と六花が日陰で待っていた。茉莉は白いブラウスにショートパンツ、六花はデニムのノースリーブにドット柄のロングスカート。優牙と蓮に気づくと、茉莉がつかつかと大股で近づいてきてビシッと優牙に指を差した。
「遅い! あたしたちを干物にする気か!?」
「わりー、わりー。腰の悪いおばあちゃんが横断歩道渡るの見守ってて」
「絶対嘘でしょ」
「ねえ優牙くん、それ何?」
六花も近づいてきて優牙が持っているものを指差した。
「これ? 見てわかる通り、物体だ」
六花がポカンとした表情になる。茉莉は苛々した様子で優牙が持つバケツの中を覗こうとしていた。
優牙は公園の水が出る蛇口のところへ移動し、そこにバケツを置いた。
「水風船作ろうぜ」
なぜ? という他三名の疑問をよそに、優牙は風船に水を入れ始めた。
「おーい。そんなところで自由の女神みたいに突っ立ってないで手伝ってくれよ」
「自由の女神!」
茉莉がたいまつを持つ右手を上げる女神のポーズをして、蓮と六花が笑った。
四人は水を入れる係と口を結ぶ係に分かれ、続々と水風船を作成していく。
「こんなにたくさん作ってどうするんですか?」
蓮がもっともな疑問を投げかけた。
「うーん。まずはキャッチボールだな。甲子園に備えておかないと」
「誰か野球部の人いましたっけ?」
四人はそれぞれ距離をとって広がった。
「リス!」
優牙は切れ良く叫びながら蓮に向かって水風船を高く放った。蓮はおたおたしながらもどうにかキャッチに成功する。
「え、えーと、スイカバー!」
優牙の意図を汲んでくれた蓮がワードを発しながら茉莉に水風船を投げた。スイカバー、ナイスチョイスだ。
割と運動神経の良い茉莉は難なくキャッチする。
「いくよ、六花。バームクーヘン!」
「えっ!? 茉莉ちゃん『ん』がついてるよ!」
あっけなくしりとりが決着したことに動揺した六花はキャッチに失敗し、水風船が地面に落下した。
バシャッ!
破裂した風船から水が弾け飛んだ。六花の足元が水浸しになる。六花と蓮がその状態に唖然としていた。
「じゃあ、負け抜け方式ね」
優牙の宣言で、しりとりではなくキャッチボールに失敗した六花が抜けた。
続いて蓮もキャッチができずに敗退する。
決勝戦だ。
「よう、お茉莉。覚悟しろよ」
「お祭りみたいなニュアンスで呼ぶな。そっちこそ覚悟しとき」
火花散らす二人の様子を見物人の蓮と六花が固唾を吞んで見守っている。
「行くぞ。マサチューセッツ工科大学!」
優牙は茉莉に剛速球を投げつけた。しかし茉莉は風船が割れないよう衝撃を殺しながら上手くキャッチした。
「よし。『く』か。それじゃ、くたくたシャツ百着!」
茉莉が投げた水風船が猛スピードで飛んでくる。優牙はそれを手の平で包み込むようにしてキャッチした。
「やるな。それなら、急にきゅうり九本食う子急増!」
「させるか。瓜売りが瓜売りに来て瓜売り残した!」
「耐えろ、太郎、耐えろ、太郎!」
「牛後ろにいるし、牛後ろにいるし!」
「シチュー死守しつつ試食し視聴中!」
「牛後ろにいるし、牛後ろにいるし!」
「シチューしちゅしちゅちゅ――ああクソ!」
早口言葉を噛み倒した優牙はやけくそになって蓮に向かって水風船を投げつけた。
「えっ?」
バシャッ!
水風船は蓮の額に命中して運命のごとく弾け散った。蓮の前髪と顔から水が滴る。蓮は呆然と立ち尽くしていた。近くにいる六花も目を丸くしている。
「水も滴る良い男め」
優牙は愉快に笑みを浮かべた。
「あっははは、ちょっと星村びしょびしょじゃーん。……ギャッ!」
茉莉が短い尻尾を踏まれたハムスターみたいな叫び声を上げた。優牙が投げた水風船が胴体に命中し破裂したのだ。
茉莉はびしょ濡れになった自分の有様にしばし呆然とした後、水風船を大量に入れているバケツにところへ一直線に駆け出した。水風船を手に持ち優牙を睨みつける。
「よくも! 許すまじ!」
茉莉が顔面目がけて放ってきた水風船を優牙はすんでのところでかわした。
優牙はもう一つのバケツから水風船をすくい六花のほうに近づいていく。
「えっ? ちょっと優牙くん、何する気?」
「あっ、UFO」
「えっ?」
優牙があさっての方向を指差すと、六花が従順に反応してそちらを見た。その隙に水風船を投げつける。
バシャッ!
六花の肩の辺りに当たった水風船が破裂し、彼女の顔も髪も服も水浸しになった。六花も他の二人がくらった時のように呆然とする。
優牙は六花に笑いかけた。
「どう?」
六花は髪から水を滴らせながら無表情で優牙を見つめていたが、やがて茉莉のいるほうに走り出した。水風船を手にして優牙に向き直る。
「あのね、優牙くん」
「何?」
「えい!」
六花が投げた水風船が優牙の腿の辺りに当たって破裂した。
「えへへ」
六花はまるで天使のように笑っていた。
「ふっ、やったな。って、やべっ!」
六花の後ろにいる鬼のような形相の茉莉が連続で水風船を投げつけてきた。
「死にさらせボケェ!」
優牙は凶悪な雄叫びを上げる茉莉から逃げ出していく。
「おい蓮! 加勢しろ!」
「えええええ!?」
男女対抗の水風船合戦が勃発した。水鉄砲も使い、お互いの陣地へと火力が交錯する。
四人は子供のようにはしゃいだ。公園で遊んでいる小学生たちが遠目から優牙たちのことを眺めている。この時四人は小学生よりも子供だった。
六花も無邪気に笑って楽しんでいる。優牙はそのことが嬉しかった。彼女の悲しい表情は見たくない。
大量にあった水風船を使い切り下着まで全身びしょ濡れになった四人は、公園の合戦跡を掃除した後着替えのため一度解散した。
この日は夏祭りがあった。青春の一ページを埋めるのに相応しいイベント。
夏空は高く青く輝いている。
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