赤色の結び

 深夜すぎの公園で六花と待ち合わせをしていた。日中ほどの熱気はないものの、湿気がもわっとまつわりつくようで、どこか息苦しい。時折吹く風は少し涼しかった。

 六花は以前と同じように、公園入口の車両進入禁止用の棒に座って待っていた。お馴染みの赤いパーカーのフードを被った格好だ。

「おっす」

「……おっす」

 優牙の声かけに六花が少し笑って返した。それから上目遣いになる。

「来てくれたんだね」

「あたりまえだろ」

「ありがとう」

「お前は俺に何回ありがとうって言うつもりなの?」

「何回言っても言い足りないよ」

「変なやつだな」

「優牙くんにそう言われる日が来るとは思わなかった」

 六花は楽しそうに笑った。

 優牙は六花の近くの車両止めの棒に座った。

「それ、暑くないの?」

 優牙は六花に尋ねる。

「そんなフード被って」

「ちょっと暑いけどね。このほうが落ち着くんだ」

「どうして赤なの?」

「えっ?」

「もっと目立たない色あると思うけど」

「そう、だよね」

 六花は苦笑いした。そしてどこか遠くを見る。

「でもさ」

「何?」

「もし赤じゃなかったら、優牙くんに見つけてもらえなかったかもね」

 六花が優牙を見つめながらにっこりと微笑んだ。その笑みのあまりの美しさに、返す言葉を失いそうになった。

「見つけるよ」

「えっ?」

「六花がどこにいても、俺が見つけてやる」

 六花は優牙を食い入るように見つめた後、小さく笑った。

「優牙くんってさ」

「何?」

「意外とキザだよね」

「恥ずかしいこと言うな」

「すごいドキドキしちゃう」

「もういい、行くぞ」

 優牙は羞恥心を誤魔化すように立ち上がって歩き出した。後ろから六花がついてくる。

「あのさ、一つ考えたことあんだけど」

 六花が横に追いついてきたところで優牙は言った。

「今日はマンホール増やしてみる?」

「……ちょっと何言ってるかわからない」

「お前は有名漫才師か!?」

「えっ、何?」

「地面に疑似マンホールを描くんだよ。朝になってみんな外に出てきた時にマンホールだらけになってたら面白いだろ?」

「そんなことしていいのかな?」

「お前はそれでもグラフィティ描きか!?」

「ライターとかペインターって呼ぶんだって」

「何が?」

「グラフィティを描く人のこと」

「じゃあお前はインベーダーな」

「どうして!?」

 この日二人は住宅地の地面にいくつかマンホールを描いた。マンホールというより、マンホールと同じ大きさの丸い型に絵を描いた。それは月で餅つきをしているウサギだったり、本物のマンホールそっくりの網状の模様だったり、間抜けな顔のエスパー少女の絵だったりした。

「そういえば」

 優牙はしゃがんで地面にスプレーで色を吹きつけながら言う。

「六花が前に電車に描いた桜の絵。あれSNSで結構話題になったの知ってる?」

「うん」

「それ、嬉しいの?」

「どうかな」

「目立とうとして描いたんじゃないの?」

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

「曖昧だな」

「そうだね」

「これからも描くの? グラフィティ」

 その質問に六花は絵を描く手を止めた。しゃがんだ体勢でじっと地面を見つめながら何かを考えている。

 そして言った。

「グラフィティを描かなくなったら、優牙くんと会えなくなるよね」

「なんで?」

「だって、優牙くんが私に会う理由が無くなっちゃう」

 六花は悲しそうに言った。

「理由ならあるだろ」

 優牙のその言葉に六花は顔を上げて優牙を見た。

 優牙はその理由を言葉にせず、ただ六花を見つめた。彼女も見つめ返した。

 この前の夜に電話した時のことを思い返す。

 好きになってもいい?

 私もなりたいな。

 なればいいじゃん。

 優牙は六花を自分の傍に繋ぎ止めたかった。それは知りたいことがあるからなのか、それとも純粋な感情によるものなのか、自分でもわからない。

 ただ、深夜に会う時の儚げな彼女の様子を見ていると、そのうち彼女がどこか遠くへ行ってしまいそうな、そんな予感がして。そのことを考えると、胸が苦しくなって。だから。

 六花が視線を外して近くに置いてあるリュックサックの中をあさり出した。何かをパカッと開ける音がして、六花は立ち上がり優牙のほうに向き直る。彼女に合わせるように優牙も立ち上がった。

「優牙くん、あのね」

 六花が両手を前に差し出した。手の平に何かのっている。

「これ、作ったんだ」

 ミサンガだった。赤と白の刺しゅう糸が編み込まれたもの。

「俺に?」

「うん。私なんかとお揃いになっちゃうけど」

 六花は顔を赤くしながら自信なさげに俯いた。

「つけて」

 優牙は言いながら自分の右手を差し出した。

 六花は顔を上げて優牙の様子を窺った後、嬉しそうに笑った。

 六花が優牙の右手首にミサンガを結びつけた。六花と同じ位置だ。

「ミサンガって、切れた時に願いが叶うんだろ」

「うん」

「六花は何を願ってつけてんの?」

 六花は視線を逸らせて何かを考えている目になった。左手で右手に巻かれているミサンガに軽く触れていた。

「私の願いはね」

 六花の瞳には様々な感情が渦巻いていた。

 それがある一つの感情に収束する。

 六花は優牙を見て微笑んだ。

「もう叶ったよ」

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