お伺い

 夜、優牙は自室のベッドで寝転びながらスマートフォンをいじっていた。

 アプリでメッセージが届いた効果音が鳴る。

 表示を見ると見知らぬ名前の人物からだと思ったが、どうやら康広からだと気づいた。優牙はタップしてメッセージ画面を開く。

『こんばんは、優牙くん。喫茶スローアップの康広です。六花からきみの連絡先を教えてもらった。きみに言っておきたいことがあってね。

 ありがとう。六花と仲良くしてくれて。

 六花があんなに楽しそうに笑っているのを見るのは久しぶりだ。

 とても感謝している。

 小玉の面倒も見てくれてありがとう。どうやら小玉は優牙くんのことが気になって仕方ないようだ。

 どうかこれからも六花と仲良くしてあげてほしい。茉莉ちゃんと蓮くんとも一緒に、六花に良い思い出を作ってくれたら嬉しい。

 うちにもいつでも遊びにおいで。六花は優牙くんと一緒にいられることが嬉しいんだと思う。カレーは無料にしておくよ』

 優牙は康広から届いたメッセージを眺めながら、彼がこんな文章を送ってきた言外にある理由を想像した。

 六花は康広の姪だ。単純に姪と仲良くしてもらって感謝しているのかもしれない。だけど優牙はそうは思わなかった。

 深夜に優牙と二人きりの時にだけ見せる、六花の儚い表情を思い浮かべる。

 きっと六花は何か事情を抱えている。そして康広はその事情を知っている。だからこんなメッセージを送ってきた。

 優牙の指が康広を問い質す文言を打とうと動き出す。しかし思い留まり、画面から指を離した。

 理由は、六花本人の口から聞きたい。

 優牙はスマートフォンを放り出して、後頭部に両手をあてながらベッドで仰向けになった。変哲もない天井が目に映る。

 目は天井を見据えながら、優牙は心の中で他の情景を見ていた。

 楽しそうに笑っている、六花の顔だ。

 もっと彼女の顔を見ていたい。

 優牙はある決心をした。ベッドの上であぐらをかく。スマートフォンを手に取った。

 六花にメッセージを送る。

『起きてる?』

 それはすぐに既読になり、返信が返ってきた。

『起きてるよ』

『今、電話してもいい?』

 さっきよりも少しだけ間があった。

『大丈夫だよ』

 優牙は六花に電話をかけた。すぐに繋がる。

「おっす」

『……おっす』

 電話越しにくすっと笑い声が漏れてきた。

『優牙くんが電話するなんて珍しいね。というか初めてかな』

「詐欺の電話をかけることなら慣れてるけど」

『ホント?』

「冗談」

『何か用だった?』

「もう寝るとこだった?」

『ううん』

「そう」

『……』

「……」

『……』

「あのさ」

『何?』

「六花のこと、好きになってもいい?」

 六花の息を吞む感じが伝わってきた。

 その後深い沈黙が訪れる。

 優牙はスマートフォンを耳に当てながらじっと待った。

 長い長い沈黙だった。

 そして六花の声が漏れてきた。嗚咽おえつのような。

「もしかして、泣いてる?」

 六花は答えなかった。どうにか呼吸を整えようと努力している。

「そんなに俺に好かれるのが嫌だったの?」

『……ううん、違うよ』

 六花を軽く笑わせることに成功した。

 優牙は六花の言葉を待った。そして彼女は言った。

『私も、優牙くんのこと好きになりたいな』

 それはどこか悲しげな声色だった。

 優牙は考える。彼女の「なりたい」は、「なることができない」「なってはいけない」の裏返しのような気がした。

 だから優牙はこう言った。

「なってもいいじゃん」

 六花は再び沈黙した。

 優牙は六花の反応を待つ。彼女のことならいつまでだって待てる気がした。

『うん。そうだね』

 六花は小声でそう言った。

『優牙くん』

「何?」

『ありがとう』

「俺なんか感謝されるようなことした?」

『したよ』

「そう」

『……』

「じゃあまた」

『うん』

 優牙は電話を切った。



 翌日。この日も朝から強い日差し。日なたに置いておくだけでタコ焼きでも焼けてしまいそうな、そんな暑さだ。

 けれど優牙はあまり暑さを感じなかった。脳の思考機能が他のことで占められている。シルバーの運転もほとんど無意識にしていた。

 学校の構内に入り、駐輪場へ行く。駐輪場の屋根の日陰になっている場所で、一人の女子生徒が佇んでいた。六花だ。優牙は彼女の前でシルバーを停める。

「おはよう」

「おはよ」

 六花が挨拶してきたので返事をした。指定のスペースにシルバーを移動させる。それから六花に向き直った。

「こんなところでどうした? 宇宙人と交信でもしてた?」

「ううん、してないよ」

 六花は小さく笑った。

「優牙くんのこと待ってみたかったんだ。ここにいれば一緒に教室まで行けるかなって」

「そう」

「ねえ優牙くん」

「何?」

「なんでもないよ」

「ふ、なんだよそれ」

「だから、なんでもないよ」

「そっか」

 優牙は自分の右手で六花の左手を握った。六花は少し驚いて、それから顔が赤くなった。

 手を握っていたのは、駐輪場から校舎までの短い距離、時間だった。

 それでも二人には充分だった。

 空は眩しくて、そしてとても青かった。

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