友愛

「そんなにまじまじと見ないでください」

「はあ? 何言ってんのお前」

 美術の授業中だった。その中で、優牙は蓮をモデルにデッサンをしていた。クロッキー帳に鉛筆でクラスメイトの肖像を描いている。

 モデルである蓮にはじっとしていてもらいたいのだが、優牙が目を向けると蓮は顔を赤らめながらもじもじしてしまうのだった。

「じっとしててくれよ」

「そうしたいのは山々なのですが」

「だけど、はにかむ蓮も可愛いよ」

「やめてください!」

 二人の様子を盗み見ていた近くの女子が興奮気味の声を上げた。蓮の顔がますます赤くなる。

 優牙は直感に導かれるままさらさらと鉛筆を走らせていく。

「できた」

「えっ、もうですか?」

 優牙は持っていたクロッキー帳を裏返しにして蓮に見せた。近くにいる女子たちもその絵を覗く。

「すごい……」

 周りから感嘆の声が漏れた。

 その絵には中性的な顔立ちの蓮が写実的に描かれている。絵の中で蓮は慈愛のある表情で手を伸ばし、その指の先に小鳥が止まる瞬間を切り取っている。もちろんそれは優牙の想像の産物だ。

 騒ぎを聞きつけた女性の美術教師がやってきた。優牙が描いた蓮のデッサンを凝視すると、そのクロッキー帳を奪い取るようにして持っていってしまった。自分の教卓に着き、改めてまじまじと優牙のデッサンを食い入るように鑑賞し始めた。

「優牙さん、すごい才能ですね」

「何言ってんだよ。俺は普段があれだから、そのギャップで良く見えるだけだ」

「いいえ、素晴らしいです」

「やめろ、くすぐったい」

「好きです」

「はっ?」

「いいいいいや、ああああの絵が好きということですよ!」

 自分の発言で自ら慌てる蓮だった。

 昼休みになり、優牙は教室で蓮と一緒に昼食を摂る。もちろん今日のメニューもたまごサンドとコーヒー牛乳だ。蓮は親が作ったお弁当。

「優牙さんは将来そういう仕事に就くべきではないですか?」

 蓮が期待のこもったような表情で話しかけてきた。

「そういう仕事? 道端のドブ1メートルごとに足を突っ込んでいく仕事か?」

「違いますよ。何なんですかその仕事は。誰がそんな仕事に賃金払うんですか」

「じゃあなんだよ」

「その、デザイン関係とか、そういう仕事が向いているのではないかと」

「えー、俺一生仕事しないで暮らしたーい」

「僕だってできることならそうしたいですよ」

「俺のことより、蓮だよ。その、なんつったっけ?」

「肉の生る木ですか?」

「そう、それ」

 蓮は現在の世界の環境問題や人口増加による食料不足の懸念から、将来的に「肉の生る木」を研究して作って社会の役に立てたいという夢を優牙に以前語っていた。

「お前ホントすげーな。社会のためにという精神がすげーよ」

「いいえ、そんなことは」

「お前のおかげでこれからもずっと肉を食い続けられるな」

「もし肉の生る木が完成したら、一番初めに優牙さんに食べてもらいたいです」

「焼肉でお願い」

「承りました」

 優牙と蓮は高校一年の時に出会った。その控えめな態度と緊張しいの性質から、蓮はクラスメイトにからかわれることが多かった。ある日そのからかいが度を越し、いじめと呼べる内容に発展した時に、優牙は蓮のことを庇った。蓮のことを守りたかったのではなく、ただ普通ではないものを排除しようとするいじめ側の精神が気に入らなかったのだ。自分も外側に存在する人間だったから。気が強く体格も良い優牙には、クラスメイトたちも手出しはできなかった。それで気が済んだと思った優牙だが、一つ特典がついてきた。蓮が優牙を慕い、後ろをついてくるようになったのだ。蓮は優牙のことを初めて「優しい」と表した人間だった。

 優牙はたまごサンドをかじりながら、今朝の出来事を思い返した。

 土手で語られた茉莉の話の内容。

 茉莉は優牙と六花の秘密を知っていた。二人が深夜にグラフィティを描き回っていたことを知っていた。

 蓮も茉莉と同じぐらい、優牙と六花に近しい人間だ。去年の夏の記憶が思い出される。

 蓮も自分たちの秘密を知っているのだろうか?

「優牙さん、どうかしましたか?」

「いや、べつに」

「優牙さんは思慮深いですね。頭の中でいろんなことを考えているのが傍から見ていてもわかります。小説家にも向いているかもしれないですね」

「俺は脳筋だよ」

「いいえ、僕にはわかりますよ」

「シャンプーは何プッシュ派かって?」

「えっ?」

「蓮は俺と白石のこと知ってんの?」

「優牙さんと白石さん? 二人の何をですか?」

 優牙はつい尋ねてしまったが、周りの目があるここですべき話ではなかった。もし知っていたとしても、蓮は気を遣いここでは話さないだろう。

 優牙が続きを話さないことを見て取った蓮は、少し視線を逸らして遠くを見つめるような表情になった。

「楽しかったですね、あのころは」

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