放課後の誘い
優牙と六花は連絡先を交換した。メッセージアプリで毎日簡単なやりとりをする。内容は大抵優牙がしょうもない冗談を送って、六花がそれに対する真面目な反応を送るといった感じだった。
二人がやりとりしていることは、なんとなく周りに秘密にしていた。学校の教室の中で会話することはほとんどない。秘密を共有することはどこかワクワクした。
優牙は六花に訊きたいことがあった。なぜ電車に落書きなどしていたのか。なぜあんな目立つ赤いパーカーを着ていたのか。
なぜあの時泣いていたのか。
優牙は月夜の下涙を流した六花の顔を思い返す。
危うい表情だった。今にも崩れてしまいそうな。ひび割れたガラスのような。
優牙はその意味を知りたかった。しかし尋ねるにはまだ早い。お互いにまだ、一クラスメイトでしかない。
『月山くん、カレー食べたい?』
昼休みが終わるころ、そんなメッセージが六花から届いた。同じ教室にいるのにわざわざアプリでやりとりするという不思議さ。
『不味いカレーなら食べたくない』
『とっても美味しいよ』
『たまごサンドとコーヒー牛乳より?』
『匹敵するぐらい』
『じゃあ食べようかな』
『放課後時間ある?』
『授業の復習で忙しい』
『ホント?』
『嘘に決まってるだろ。俺が勉強してるとこ見たことあるか?』
『授業中ノートに何か書いてるの見たことあるよ』
『それは落書きだ。間抜けな顔のエスパー少女の絵を描いてる』
『じゃあ放課後』
『オーケー』
「優牙さん」
すぐ傍で名前を呼ばれた。顔を上げると蓮の顔が見える。
「どうしたんですか、そんなにニヤついて」
「ニヤついてた?」
「はい。新大陸を発見したコロンブスぐらい」
「蓮のことを考えてた」
「僕のことですか? 一体何を」
「口から攻めようか。それとも耳からにしようか」
「ひ、卑猥な想像はやめてください」
帰りのホームルームが終わり、放課後になった。
「ねえ六花、今日ネオ和菓子食べに行かない? 駅前に新しくできたんだって。なんか映えそうじゃん。ネオってなんだろうね」
「茉莉ちゃんは相変わらず情報が早いね」
「まぁね~」
「それ、テレビで観たやつ」
「行く?」
「えっと、今日はちょっと」
「ちょっと、ちょっとちょっと。……はっ!」
女子二人の会話に聞き耳を立てていた優牙は思わずそう口走ってしまい、慌てて口を噤んだ。
予想した通り、茉莉が突っかかってくる。
「なに、優牙」
「なんでもない。条件反射で出ちゃっただけで」
「優牙も来たいの?」
「いいや、全然」
「優牙甘いもの好きじゃん」
「プロフィールに書き込むほどじゃない」
「どうせ暇なんでしょ?」
「この国の未来のために今日も忙しい。ああ忙しい」
「馬鹿みたい」
「お前ほどじゃない」
「あんだと?」
優牙と茉莉のバチバチの応戦に挟まれた形の六花は、どうしたらいいかわからない様子だった。
「大丈夫だ。代わりに蓮が行く」
その優牙の言葉で、帰り支度を終えて教室を出ようとしていた蓮が足を止めた。
「蓮? 星村のこと?」
茉莉が疑問を投げかける。
「そうだ。蓮、茉莉がお前と一緒にネオ中華食べに行きたいんだって」
「ネオ和菓子ね」
「聞いていた話だと、そんなこと一言も言ってなかった気が」
「俺も白石も今日は無理なんだ。お前は茉莉が独り寂しくネオジム磁石食べに行くのを見過ごすのか?」
「ネオ和菓子ね。なによネオジム磁石って。磁石食べるか」
「えーと、でも」
「茉莉もそれでいいだろ?」
「……星村がいいならべつにいいけど」
「ぼぼぼ僕は……」
優牙は流れのまま立ち上がり、小柄な蓮の肩にポンと手を置いた。
「明日結果を聞くのを楽しみにしてるぜ」
優牙はそのまま教室から出ていった。してやったり。これで面白くなったぞ。
優牙が駐輪場でしばらく待っていると、六花がやってきた。
「それで、カレーとやらはどこに」
「うん。近くの喫茶店に」
「白石は電車通学?」
「うん」
「俺はシルバー通学」
「なあにそれ? お年寄りと一緒に通学するの?」
「ちっげーよ。こいつがシルバー」
「自転車に名前つけてるの?」
「悪い?」
「ううん、面白い。喫茶店はここから歩いていける距離だよ」
二人は校内から出た。並んで道を歩く。優牙はシルバーを押しながら。
「ねえ、さっきのよかったの?」
六花が訊いてくる。
「さっきのって?」
「茉莉ちゃんと、星村くんの」
「ああ、あれ。なんか面白そうな組み合わせじゃん。茉莉もまんざらじゃない顔してたし」
「月山くんは茉莉ちゃんと幼馴染なんだっけ?」
「そう。家が近くて、行く学校が同じで、よく会うというだけ」
「羨ましいな」
「部屋の天井みたいな関係だよ」
「はてな」
「新しいな、それ。疑問符を発音するって」
「部屋の天井みたいな関係とは?」
「朝起きたら、いつもそこにいるじゃん。毎日顔合わすじゃん」
「えっ? 朝起きたらすぐ茉莉ちゃんがいるの? それって」
「ちっげーよ。どう?」
「何が?」
「ちとげの間に小さいつを入れるやつ。ちっげーよ」
「どうと言われましても」
「今俺の中で流行中」
そんな無駄話をしながら二人は歩いた。
優牙と話している時、六花はよく笑った。茉莉と話している時だってよく笑う。どこにでもいる、普通の女の子だ。
だけど、本当に普通の女の子なら、夜中に公共物に落書きをしたりしない。今優牙と話している六花は、表側の人格でしかなかった。
「着いたよ」
線路沿いの通り。『喫茶スローアップ』と見える。
「スローアップ? チェンジアップじゃなくて?」
「そう。スローアップはグラフィティの一種なんだよ」
「グラフィティ?」
「この前見たでしょ」
優牙が黙っていると、六花が微笑みながら横目を向けた。そのまま入口のドアを開ける。
「落書き」
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