第10回 初めてを終えて

 あの後元龍だった肉塊を家に持って帰ったら霧人にえげつない程怒られた。

 あの怒りようは凄まじかった。背中に魔王を幻視したほどである。ちびるかと思った。


「いや、何話を終わらせたことにしてるのさ。まだ説教は終わってないからね?」


 前述は一部嘘だ。私は今もまだ怒られている、かれこれ3時間だ。馬鹿じゃないのか?よくそこまで怒りが持つな。


「全く、シュムはコレどうするつもりだったのかな?ほとんど死にかけじゃない、そもそも何でこの状態で生きてるのか…」


 確かに外見は時々血を吹き出す黒い球体だけど実はちゃんと臓器や筋肉が生命の維持をできる様に付いているのだ。

 しかし霧人はなぜ龍を飼わせてくれないのか、外見か?外見なのか?


「もしコレをちいさな姿にできるって言ったら飼ってもいいー?」


「え、そんなこと出来るの?」


「当然だよ、私神だよー?」


 そんなの朝飯前である。ちょっとぐちゃぐちゃにする必要があるが痛覚の遮断もしてやれる。狂う心配はないだろう、今もこんな感じでちゃんと正気はあるはずだ。


 ほら、その証拠という様にこれもピクッと動いた。…苦痛で暴れただけかも知れないが。


「いくよー、まずは体の感覚を消すところからー」


 私の髪の毛だけを触手に変えてこの肉塊に突き刺していく。この触手の先から感覚を消し理性を強制的に保たせる液体を注入するのだ。

 一瞬で全身に液が行き渡るとグッタリと全く動かなくなった。大丈夫、死んではないから。


「えと、ここをこうしてー、あ、ここはこうしたほうが良いかなー?」


 今度は私の影を髪より細い触手に変えこの龍の体をいじっていく。側から見ると黒い繭に肉塊が包まれている様だろう。

 霧人はというと凄く訝しげにこちらを見ている。何だその目は、私だってやる時はやるぞ。


 そして10秒と少し、元いた肉塊は面影もなくなりそこには小さな龍がいた。

 小型犬くらいのサイズにしたので問題はないだろう。なのに何故残念そうな顔で私を見る?霧人。


「どうしたの?我ながら素晴らしい出来じゃないかなー、この見てくれで元の20倍は強いんだからさー」


 少しドャァって感じの顔で霧人の方を見ながら言うが何故かさらに残念な子を見る様な目で見てくる霧人。

 なんだ、何がいけないというのだ。


「…あのさぁ、シュムこのアパートの入居条件覚えてるかな?」


 何故今そんなことを?確か敷金礼金なし、月額光熱費別で8万円のはず。これと何の関係が?


「ここ、ペット禁止なんだけど」


 ペット禁止、ペット禁止、ペット禁止かぁ。


「…忘れてた、忘れてたぁあ!!!いや、待てよ?それ初めて知ったんだけどー!?」


 一瞬忘れたのかと思ったがそんな下等生物みたいな、そんな訳がない。

 元々知らなかった。聞いていないのだ、そんなこと。


「何で教えてくれなかったのー!?」


 そうだ、教えなかった方が悪いのでは?。いや、そうに違いない。そうに決まっている。


「…シュムが部屋の契約の時『面倒いから神性じゃない霧人がやればー(笑)?』って言ったの忘れたかな?」


 あ、言った。今より8年前の3月23日午後8時6分、確かにそんなことを言った。


 …



「そ、そうだ!今日初めてのダンジョン配信してきたんだけどねー?」


「おい話逸らすな神性サマよぉ?手前ぇで言ったことも忘れたんですかぁ?」


 すんごい煽ってくるじゃん。そんな、そんな怒ることじゃないのではないか。

 だってあの時はまだプライドとか盛り盛りマックスだったから仕方ないじゃないか。


「はぁ、どうもすみませんー、えぇ?じゃあどーすりゃいいのー?ねぇ?なんか言ってよー?」


「開き直った…最悪だね」


 ぐっ、だって我神だもん!神性だもん!偉いんだもん!そんなことしたくないもん!間違いを認めるくらいなら私が間違えたことを知っている存在を全員抹殺するもん!


 はぁ、何を言ってるんだ私は。


 でも本当にどうすれば良いのだろうか、この小型龍。これでもダメとなるともう殺すしかないのだが。

 どうしようかと私が悩んでいるのに当の本人(龍?)は足元でぐっすり寝ている。


「本当にもう殺そっかなー」


 無性に腹が立ったのでそんなことを言うと霧人が私をバカにした目で見てくる。

 マジで神を何だと思ってるんだろうか、吸血鬼如きが。


「あのさぁ、この子をニンゲンっぽくすることってできないわけ?そうしたらペットじゃなくて人として同じとこに住めるんだけどな」


「な、なるほどぉー」


 確かに、その通りである。私の力を持ってすればこの程度の生物好きな形に変えることができる。

 盲点だった。全くもって恥ずかしい。



 少しして。




 私の側には可愛らしい外見の10歳程の少年が立っていた。

 製作者は私、材料は元龍の元肉塊の元小型龍。よくこんなきれいになったものだ、我ながら生物を弄ることに関しては一級品だな。


 因みにだが外見は私の好みに作った訳じゃない。この龍がもし人に産まれていたらこの姿になる、そんな作り方をしただけだ。


「…あ、ありがとうございまス、偉大なる黒山羊さマ。ボクを生き返らせて下さっテ」


 元竜の少年はふるふると震えながら私への感謝の言葉をどうにか絞り出す。

 何だか嗜虐心の湧く子だ。私は神なのでそんなものはないが。


「キミの母龍の最後の頼みがキミを返してーだったからさー。彼女は死んじゃったしキミが安全に過ごせる様にしてあげるのがせめてもの手向けかなってねー」


「あ、ありがとうございまス。母さんのことは悲しいけド、本当に感謝してまス。でもボクを置いてくれるって話良いんですカ?」


「良いの、子供が心配することじゃないよー。お金はこっちの霧人が何とかするしねー」


「おい、…はぁ。仕方ないな、良いよどうせもう大きな子供1人抱えてるから1人増えた程度変わらないかな」


「あ、ありがとうございまス、霧人サン!黒山羊サマ!」


 少年は羨望と尊敬と信仰の混ざった目で私と霧人を見てくれている。


 ふふ、我ながら思ってもいないことがよくスラスラと出るものだ。

 この流れはこの少年が起きるまでに霧人と全て打ち合わせ済みである。


 もらえる信仰は貰っておいた方がいいからな。霧人は少年に無駄な心配をかけない様にって説得したら最も簡単に信じてくれた。


 これで一件落着だろう。


 あ、そうだ。


「キミ名前はあるのー?」


「エ?い、いえないでス。ダンジョンで産まれたものは名を持つことを禁じられていたのデ」


 名前を持つことを禁ずる、ねぇ。


 確かに名前はそれが本名であろうが偽名だろうが力を持つ。それは弱点にもなり強さにもなる故に眷属に名前を持たせない奴も居たりはするが、それは主に下等種族がする事なのだ。


 だって私たち神を眷属如きがいくら強くなろうと上回れないから。名前での強化なんて微々たるものなのだ。


「ふーん、じゃあキミの名前、今日から『ディフィト』ね」


「…ディフィト、ディフィト、ボクの名前。ありがとうございまス。本当に、本当に嬉しいでス」


 ディフィトは凄く喜んでくれた。本当に心の底からって感じだ。


 いやでも、良かった。それ失敗って意味なんだけど、喜んでくれて。


 こうして我が家(霧人契約の部屋)に1人居候が増えたのであった。

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