第4回 誇り高き黒山羊

 私は土下座していた。


 土下座をしていた。


「300万円、必ず10倍にして返すのでどうか、どうか私に貸して下さいー!」


 同じく人外の霧人とは言え下位存在に頭を下げるのは死ぬほど嫌だったのだが背に腹は変えられない。

 それに消費者金融だとかで借りるよりは数千倍ましだ。


「…シュムってさ、一応すんごい上位の存在なんだよね」


 何だかすごく居た堪れない。

 お前はプライドがないのか、そう言われているみたいでキツイ。


「プライドとかそういうのないの?」


 言われた。実際に面と向かって言われた。


「えぇ、はい。一応この世界に於いて最強無敵たる魔王の次くらいには上位の存在です。プライドもそれ相応にはある感じですー」


 私の明確な上はたった一柱のみ。そもそもあの魔王は全ての存在が命を賭しても殺すことなんて出来ないのだが。


「ふーん、そんな強いんだ。なら向かう所敵なしなのかな?私がもし300万貸したらしっかり3000万円になって返ってくるの?」


「いや〜、まぁはい。同格の存在も数柱はいる感じですねー」


 魔王の直系である混沌に原初の闇や名無しの霧は厄介だし地球生命の源を殺すのは不可能に近い。

 他には穢れた都市の大君主とは相性が悪い。犬程度なら何匹いようが関係ない、そもそもアイツらを生んだのは私なのだから。


「んー、じゃあ心配かな。300万、本当に帰ってくるか怪しいよ」


「いやぁ、それでも時間に縛られる下等生物に負けることはないかとー」


 そもそもアイツの時間にいる奴らが私に勝てるなんてことはあり得ないのだ。基本的に時間はアイツの物だが部分的には私の物でもあるのだから。


 さっき言った同格の存在だって私を殺せる可能性があるのは大君主とアイツ、空虚な虚無、後は混沌なら可能性があるくらいだ。


「いや、やっぱり不安だからこの話はなかったということで。もうこんな時間だし、夜ご飯作らないとね。…シュムが最強なら300万でも3000万でも貸せるんだけどさ」


 この話はおしまい、とでも言うように立ち上がって台所の方へ行ってしまう霧人。

 ちょっと待ってくれ。まだまだ話は終わっていない、だから待って。

 まだある、まだお前を納得させる手札が。


「待った!吸血を!週2から、週3にしても良いよー?」


 これが霧人に対して私が持つ最強の切り札。


 紅戯あかぎ霧人きりひとは吸血鬼である。


 その名の通り他者の血を吸うことでしか生きながらえることが出来ない生物。そして上位存在の私の血は下位の吸血鬼なら劇薬だが霧人レベルには極上のご馳走である。霧人がほぼニートの私を養ってくれているのもこれが理由だ。


「…週5にして。それ以下だと流石に300万は出せないかな」


 足元見てきやがるじゃないか。だけど無限の時を生きる私に交渉勝負とは舐められたものだ。

 絶対に月12回の吸血で300万を私に献上することを納得させてやろうじゃないか。


「ふふふふふ、譲歩させてやる」


「私は絶対に条件は下げないけどな」


 私と霧人の熾烈な舌戦の火蓋が切って落とされた。


 結果、私は毎日(水曜日は2回)霧人に血を吸わせることを対価に300万円、トイチで借りることとなった。


 解せん。

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