第28話

「あー疲れたー」


 祭りからの帰り道、結也は思わず声に出してそうぼやいていた。


 山から帰った後、みひろが啓汰に泣きついて大変だった。

 大泣きするみひろは当たりの人たちの視線を集めて仕方が無かったが、そこは何とか汐里と二人でいなして事なきを得た。


 泣きつかれた啓汰も少し困った様子ではあったが、心配させたバツに泣かれとけと言う話なので同情の余地は一切無い。


 みひろが泣き止んだのを見計らって、結也と汐里は神社を後にすることにすると。


「「ありがとうございました!」」


 去り際みひろと啓汰の二人から礼儀正しいお礼の言葉を背に二人とは別れた。


 ほんの短い付き合いだったが、もう会うことも無いかもしれないと思うと、少しだけ寂しいような気もした。


 そうしてけいた君迷子騒動は一件落着となったわけだが、いざこうして落ち着いてみると別の懸案が浮かんでくる。


 結也はさり気なく自分の着ている浴衣を検分した。

 啓汰のいる場所へ向かっているときは正直忘れていたが、今結也が来ている浴衣は栄介が近所の知り合いから借りてきた物なのだ。


 今は暗くてよく分からないが、長時間この恰好で山の中を歩いていたのだから汚れていないわけもなし。


 クリーニング出せばどうにかなるたぐいのものだけだといいが、もし何処か破けてでもいたら弁償しなければならないだろう。


「爺ちゃんになんて謝ったもんかなぁ」


 結也が浴衣を検分しながらそう零した時だ。


「一時間以上山の中をそんな恰好で歩いた出雲君が悪いんじゃないですか。怒られるのくらい我慢したらどうです?」

「いや、だってなぁ着替えなんて持ってないし。仕方なかっただろう」

「そうですね、仕方なかったですよね。分かってます、分かってますよそんなこと」


 横を歩く汐里がそう言うが、その言葉にどことなくトゲがあるような気がするのは気のせいだろうか?


「えっと、日野さんひょっとして怒ってる?」

「いえ、別に」


 とは言っているが、汐里はツンッとそっぽを向いて全然結也と視線を合わせようとはしてくれない。


「ただ、出雲君が山に入った後、私がどれだけ心配な思いをして待っていたかなんて、きっと分からないんだろうなって、そう思ってるだけです」

「……ごめん、悪かったよ」

「だから怒ってないですって」


 絶対、怒ってるじゃないか。

 そう心の中で独りごちるが、それを敢えて指摘したりはしない。流石にそれくらいの如才なさは持ち合わせている。


 汐里は結也が無茶な捜索をしたことを怒っているようだったが実際の所、端から見る程無茶なことをしたというわけでもない。


 結也の目は、好意を赤い糸として見ることが出来る。


 みひろの右手から赤い糸が伸びていたことを結也は最初から気が付いていた。そしてその糸が、山の方へと伸びていた所からその糸の先にいるのが啓汰なのではと検討を付けてただそれを辿っていっただけだ。


 場所が田舎の山奥というのも幸いした。

 基本結也の眼にオンオフや識別の機能は無く、人の多い町中や学校の中ではあちらこちらに糸が伸びていて、一本の糸だけを辿るのはもっと難しくなっていただろう。


 もちろんその糸が啓汰の元へ続いているとは限らなかったし、何かの拍子に糸を見失いでもしたら結也も遭難する可能性もあったわけだが、それでも十分勝算はあると踏んでいたし、結果として上手くいった。


 ただそれを馬鹿正直に話した所で眉唾な話になるだけだし結也としても話すつもりは無い、だからこの場は大人しく怒られるしかない。


「まぁなんにせよ。無事何事も無くてよかったよなホント、大事にもならなかったし」


「本当ですよ」と汐里が横から相づちを打つがその声は、何処か呆れ気味なような気がする。


「それにしても、どうして一人で探しに行こうなんて思ったんです?」


 不意に汐里からそんな質問を投げられた。

 確かに普通に考えれば結也が体を張ってまであの二人の為に動いてやる道理なんて無い、冷静に考えれば汐里がその点について疑問に思うのは当然の事だろう。


「あーそれは、一応理由はあるにはあるんだ。ものすごくしょうもないことだけど」

「私は気になるので話して下さい。しょうもない事かどうかは私が決めます」

「日野さんって、以外とちょいちょい押しが強いよね」


 睨まれるような視線に降伏して、結也は一人で啓汰を探しに行こうと思ったしょうもない理由を語ることにした。


「好きな女の子に見栄張って迷子になった挙げ句、大人総出の大捜索なんてなったら、アイツ恥ずかしくてしょうがないだろうなって。もしそうなったら少し可哀想だなってそう思ってさ、ただそんだけ」


 しれっとけいたがみひろを好きなことをばらしてしまい、しまったとは思うが助けた恩と言うことで多めに見て貰うことにして、すまんと心の中で拝む。


 好きな女の子にかっこつけて見栄を張る。結也自身にそういう経験は無かったが、もし自分がそうなったらそう思うだろうなと、共感くらいはできる。


 しかし結也の話に対して汐里の反応は「そうなんですか」とそっけない。

 あーやっぱり呆れられたかな、と結也は思っていたが。


「あのですね出雲君、そういうのは、しょうもないなんて言いませんよ」


 汐里はそこで結也の前に出ると、クルリと振り返り、


「優しいって言うんです」


 小さな微笑みを結也へと向けながらそういった。


 まさかそんな風に言われるなんて。結也にとってその言葉は完全に不意打ちで思わず目が点になる。


「でも、ああいう無茶な事はしないで下さいね、良いですか?」

「……分かったよ」


 まるで子供のに言い聞かせるような汐里のその忠告に、結也の返事はぶっきらぼうな物になったが、それは別に不満に想ったからじゃない。


 結也は自分の顔が熱くなっているのを自覚しながら、街灯が少なく暗い田舎の夜道に心の中でひっそり感謝した。

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