第27話
少し前まで当てもなく彷徨い歩いていたのだが、歩き疲れてもうその気力も尽きた。
クラスメイトの田村みひろと祭りが始まるまでの間、神社裏の山にカブトムシを捕りに行こうと約束をしていたのだが、直前になってみひろが危ないからやっぱり止めようと言い出したのだ。
啓汰は今まで何度か一人で山の中に入ったことがあるから大丈夫だと言うが、みひろはそれでも危ないよと言って聞かない。
それがなんだか啓汰には面白くなかった。まるで自分が頼りないと言われているような気がして、だからムキになった。
「お前みたいな臆病者なんて知るか、そんなに怖いって言うならオレ一人ででっかいカブトムシ捕まえてきてやる」
そう言って山に入ったはいいが、いつものポイントに行ってもいるのはカナブンばっかりで、カブトムシやクワガタムシは一匹もいなかった。
みひろに大見得を切った手前、手ぶらで帰るのはカッコ悪い。
もう少し奥に行けばみつかるかもしれない、もう少し奥に行けば。
そんなことを繰り返して啓汰は山の奥へ奥へと進んでいき、気が付けば辺りが暗くなり始めていた。
流石にまずいと思い来た道を引き返そうとするが今まで一人で入ったことも無い程、山の奥まで入り込んでしまった啓汰にはもう元来た道が分からなかった。
多分こっちと当たりを付けて進んでみるが、行けども行けどもどこも似たような景色ばかりで、ちゃんと出口に迎えているのか不安になってくる。
やっぱりあっちだったかもしれない、こっちだったかもしれない。不安に負けてあっちへこっちへ方向を変えている内にいよいよ日は完全に沈み当たりは暗闇に包まれた。
月明かりでようやく数メートル先が見えるか見えないかの中、それでも出口を目指して歩いたがすぐに疲れて動けなくなった。
鹿やイノシシでもいるのか、どこからか時折響く謎の物音が聞こえる度に肩を跳ねさせビクビクしながら、自分の膝を抱いて小さくなることしか啓汰には出来なくなた。
暗い、怖い、寂しい、辛い。
みひろが止めようと言ったとき素直に止めておけばよかったと、今更になって自分の愚かさを呪う。
せめてもの意地に、赤ん坊みたいにみっともなく泣きわめく事だけはしまいと、今まで必死に涙を堰き止めていたが、いよいよそれも決壊寸前だ。
もう次の瞬間には大声で泣き出してしまいそうになった、その時である。
「――――」
啓汰が俯いていた顔を勢いよく上げる。
誰かの声が聞こえた気がしたのだ。
啓汰が必死に耳を澄ませると、どこからか人の声が確かに聞こえる。
「おーい! ここだよー! おーい!」
喉が痛くなるくらい大声で叫ぶ。
すると声の主は啓汰の存在に気が付いたのか、気配が真っ直ぐにこっちへ近づいてきて、そして。
「あー、よーやく見つけた」
安堵の言葉と共に姿を見せたのは、啓汰の知らない男の人だった。
どことなく気怠げそうな垂れ目が特徴的な人で、歳は大体高校生くらいだろうか?
藍色の浴衣を着て、ライトを付けた携帯を手に持ってかざしている。
「けいた君だな」
屈んで視線を合わせながら男の人がそう尋ねてきたので、啓汰はコクコクと首を縦に振って答えた。
「よしわかった。ちょっと待て」
そう言って男の人は手に持った携帯を操作してから、自分の耳元へと持って行った。
「もしもし……今見つけた。うん……あー、ちょっと待って」
男の人が手で通話口を塞いで、啓汰に向き直る。
「怪我は無いか? どっか痛いところとか」
「ううん、大丈夫」
そう啓汰が答えると男の人は続けて「歩けるか?」と聞いてきたのでそれにも大丈夫だと答えると「分かった」と言ってもう一度携帯を耳元に当てた。
「怪我は無いみたいだから今からそっちに連れて帰る……うん、分かった了解、それじゃあまた後で」
男の人はそこで通話を切った。
「さてと、とりあえずだ」
言いながら男の人が立ち上がったかと思うと、いきなり割と容赦の無いチョップを脳天に落とされた。
「いってぇ! なにすんだよ」
「うるせぇ! 散々心配掛けた挙げ句にこんな所まで人に探しに来させやがって、むしろ拳骨じゃ無かっただけ感謝しろ」
「なんだよ、他人のあんたがオレの事心配する理由なんてないだろう!」
つい反射でそう噛みついてしまうが、男の人は目を三角にして腕を組み。
「心配してたのは俺じゃねぇ! あの子、神社の裏でお前が帰ってこないこと心配して一人待ってたんだぞ」
その話を聞いて啓汰はハッとした。
男の人はあの子としか言わなかったが、それが誰のことを指しているのか啓汰にはすぐに分かった。
山に入る前あんなに酷いことを言ったのにみひろはその事を怒るどころか、なかなか戻ってこない啓汰を心配してくれていたのだ。
山に入ってからもう何時間も経っているはずなのに、その間ずっと一人で啓汰が帰ってくるのを待ってくれていた。
その事を思うと本当に申し訳ないことをしてしまったと、罪悪感がせり上がってくる。
「……ごめんなさい」
「謝る相手が違うだろうが、たく……ほら帰るぞ」
男の人がぶっきらぼうにそう言って歩き始めたので、啓汰は慌てて着いていった。
暗闇の中、はぐれないようにか男の人は時折脚を止めて後ろを向き啓汰が着いて来れているのか確認しながら歩いていた。
そうやって歩いている内に、しょぼくれていた啓汰の心にも少しだ余裕が戻ってきた。
「ねぇ、何で兄ちゃんはオレのいるところが分かったの?」
素朴な疑問を投げかけてみるが男の人の返事は「さぁな」と素っ気ない。
「つうか悪いけど、今はあんまり話しかけるな。いざ一本だけ辿ろうと思うと結構、神経使うんだよ」
辿るって一体何のことだろう。
そう啓汰は疑問に思ったが話しかけるなと言われていたので、それ以上はなにも言わないことにした。
きっとここまで来る間に迷わないよう何か目印を付けていたのだろうと、啓汰は勝手に解釈した。
そうしてしばらく歩いていると、微かに祭り囃子の音が聞こえてきて、うっすらと明かりのような物が見えてきた。
ようやく見えた出口に、安堵する啓汰。
それはここまで一緒に歩いてきた男の人も同じなのか、ふぅと大きく息をついている。
「まぁ、なんだ」
不意にそう声を掛けられて、啓汰は自分よりも背が高い男の人へ視線を向ける。
「好きな娘に格好つけるのは結構だけど、次からはもっと物を考えてから行動しろよ」
何気なく言われたその言葉に、啓汰はなにも言い返せず。ただ顔を赤くして俯くことしか出来なかった。
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