第26話
「出雲君」
名前を呼ばれながら袖を引かれる。
振り返ると、汐里は静かに何処かを指差した。
示されるままその方向に視線を向けると、そこには、小学生低学年くらいの女の子が一人。
祭り会場であるこの神社は小さな山を背にするような形で建てられていて、本殿の裏手はそのまま山林になっている。
女の子はその山林を落ち着かない様子で眺めている様だった。
「どうかしたんでしょうか?」
「さあ、どうだろうな?」
遠目ではあるがその子の風体を見る限り地元の子のようだし、その様子も迷子になって親を探しているのとは少し違うように思える。
結也がそんなことを考えていると、汐里が当たり前の様に女の子の方へと歩み寄っていく。
まったく、お節介な。などと思いつつも、その後に結也も黙って続く。
「お姉ちゃんどうかしたの?」
そう優しく声を掛けながら汐里が自然な動きで屈み女の子と視線の高さを合わせたので結也も習って屈む。
浴衣で上手く立て膝が出来ないので脚を折りたたむようにして屈むが、それだけじゃバランスが上手く取れずこけそうになったので浴衣の袖が地面に着かないように注意しながら片手を着いて支えた。
女の子は汐里に声を掛けられても警戒しているのか、不安げな視線を泳がせるばかりでなにも言わない。
「私、汐里って言うの、こっちのお兄さんは出雲結也君。お姉ちゃんのお名前は?」
「……みひろ」
「みひろちゃんっていうお名前なんだね」
汐里が確認すると、みひろと名乗った女の子はゆっくりと頷く。
「みひろちゃん大丈夫だよ。私もこっちのお兄さんもみひろちゃんが困ってるように見えたから、どうしたのかなって声を掛けたの。だからもし、私達にお手伝いが出来るようなことがあるなら言ってみて、ねっ」
優しく根気よく話しかけてくる汐里に、みひろちゃんも警戒心が解けてきたのか、ようやく何があったのかを話し出した。
「あのね、けいた君がね、森にカブトムシ捕まえに行こうって、でも夜の山は危ないから子供だけで入っちゃダメってお母さんが言ってたからやめようって言ったの、でもけいた君は前に入った事があるから大丈夫だって、ワタシ危ないよって言ったの、でもけいた君森にはいっちゃって、それでね――」
動揺からか幼さからか、みひろの話はイマイチ要点が定まっておらず結也からしたらまどろっこしくてしょうがなかったが、汐里はそんな話を嫌な顔一つせず根気よく聞いている。
そうしてようやく聴き終えたみひろの話を要約すると、どうもけいた君という男の子が一人で神社裏の山に入って帰ってこない、とつまりそういうことらしい。
「どうしよう出雲君」
みひろの話を聞き終えた汐里が、不安そうな表情で結也に振り返る。
「とりあえず。そのえっと、けいた君? が森に入ったのいつ頃か分かる?」
そう結也が尋ねるとみひろはあからさまに肩を跳ねさせ、どことなく怯えているような面持ちで「お祭りの準備が始まったくらい」と小声で答えた。
そんなに俺、人相悪いかな。と内心ひっそり傷付きながら携帯で時間を確認すると、夜七時を少し回っている。
祭りの開始は夜六時からだが、設営が始まるのは確か四時頃だったはずだ。
「ざっと見積もって山に入ってから三時間か。たしかに子供一人で山に入ったとするならいい加減心配になってくる時間だな」
「どうしようか? こう言うのって警察とかに電話した方が良いのかな?」
汐里がみひろを刺激しないためか、結也に耳打ちで提案する。
突然来た声の近さに軽く驚くが、そんなこと言ってる場合でも無いのですぐに気を取り直して頭を回す。
確かに汐里の言うとおり、こうした場合は警察なりレスキュー隊なりに連絡をして捜索をして貰うのが正しい選択だろう。
大騒ぎにはなるだろうがそんなことを言っている場合では無い。
遊園地で迷子になったのとは訳が違う。子供一人の命が掛かっているかもしれない緊急事態なのだ。普通に考えればそうするべきだし、素人がへたな事をするべき事では絶対に無い。
そんなことは百も承知だ。
承知なんだが……。
チラリと結也はみひろのを見た。
その後、今度はその視線を木々が生い茂る山道へと向ける。
そのまましばらく何かを思案するような沈黙が続き、そして――
「……俺が探しに行く」
ため息をつくようにそう言って結也が立ち上がると、汐里が慌てた様子でそれに追いすがってきた。
「ダメですよそんなの、危ないですよ!」
「分かってるよそんなの。でも大丈夫、なにも無策で行こうって訳じゃ無いし」
「策って?」
「それは……企業秘密ってことにしといて。とにかく大丈夫だから心配しないで」
「……分かりました」
汐里はそう言ったがその顔は明らかに納得している様子ではなく、案の定「でも」と言葉が続く。
「それななら私も一緒に――」
「それはダメ」
そう来ることは読めていたので、汐里が言い切るよりも先にその意見を却下する。
当然汐里は不満を露わにした表情をしたが、その反応も読めていたので何か言い出す前に結也は用意していた論を口にした。
「一人が二人になったところで意味ないよこういう場合。むしろもしもの事があったとき無駄に被害人数が多くなるだけだし。何より――」
言いながら結也は汐里にも分かるように視線を流す。その先には不安そうに、二人のやり取りを見守っていたみひろがいる。
「あの子の側に誰かいてやらないと。だとすれば俺より日野さんの方が適任だ」
そう言われて汐里はハッとした様子でみひろを見るが、それでもどうしても踏ん切りが付かないらしく「でも」「だけど」とまるでだだっ子のようなことを言っている。
その様子が普段よりも何処か子供っぽく見えたからだろうか。結也は特に何か意図や考えもなく自然に自分の手をポンッと汐里の頭の上に乗せて、
「俺を信じて」
一言、そう言った。
その後少しだけ間があって――汐里はゆっくりと首を振った、方向は縦だ。
「二時間、もし俺からなんの連絡も無かったらそん時は警察に連絡して」
そう言うと結也は汐里の頭に乗せていた手を離し持っていた荷物をあずけてから、改めてけいた君とやらが入っていったという山道を見る。
祭りの明かりに照らされて煌びやかな境内とは違い、山道はただただ暗く深い闇に満ちている。
不気味に感じないと言えば嘘になる、心境としては大口を開く怪物の口の中に自分から入ろうとしている気分だ。
だが今更怖じ気づいてなどいられない。
「シッ! 行きますか!」
自分で自分に気合いを入れて結也は、木々の生い茂る暗くどこまでも続いていそうな山道の中に一歩をその脚を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます