第23話
「ねぇ、結也。学校ではだれか好きな子とかできた?」
「いねぇよそんなの、てかことあるごとに同じことを聞いてこないでくれよ」
「あら親に対してひどい言いぐさ。反抗期かしら」
母が運転する車で栄介達の家から帰る道中、おちゃらけた口調の母に結也は盛大にため息をついて車窓の外へと視線を向けた。
高速道路の景色なんて大して面白いものでもなかったがほかにすることもない。
「はーい、そんなにめんどくさそうにしないの。運転中の眠気覚ましにおしゃべり位してくれたっていいじゃない」
「ならせめて俺が興味ありそうな話題にしてくれよ」
「学生の癖に乾いてるわねー、つまんない」
「つまんなくて結構、別に面白い人間になりたいわけでもないしね」
バックミラー越しに見える母がやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
母はそのあともめげずに結也に話しかけ続け、結也も少しめんどくさがりながらもそれに付き合っていると。
「あ、そうそう。結也君、実はあなたに私からプレゼントがあります」
「ふーん、どうしたの急に」
「えー、あっさりしてる。もうちょっとくらい興味もってよ」
「いや、急に言われたらこんなもんだって。で? そのプレゼントって」
「ざーんねん、実はお父さんお母さんの家を出る前に私の部屋に隠してきちゃたので、ここにはありませーん。だから次こっちに来た時、裕也が自分で見つけてね」
「はぁ、なんだよそれ。なんでそんなしちめんどくさいことを」
「来年くるときのお楽しみってことよ。宝探しみたいで、こっちのほうが楽しいでしょう」
「俺は普通に渡してくれたほうが嬉しかったよ」
「まぁまぁそう言わずに。いい? 約束ね」
最後にそう念押しをして、母はこの話を畳んでしまった。プレゼントが何なのか尋ねても秘密の一点張りで結局は教えてくれなかった。
そんなことがあったのが一昨年の夏。その時はこれが母と過ごす最後の夏になるなんて考えてもいなかった。
去年の夏は母が亡くなりそれどころじゃなかったこともありそんな話をしていたことすらすっかり忘れていたが、母の言っていたプレゼントとはいったい何だったのだろうか。
確か自分の部屋に隠してあると言っていたはずだ。裕也は机の引き出しやベットの下といったそれっぽいところをと探してみたがそれらしいものは何も見つからなかった。
よほど分かりにくいところに隠したか、そもそも結也の記憶が間違っているのか、どっちにしろ当人である母がいない以上これ以上探しようもない。
いったんあきらめて居間へと戻ると、中央の座卓にカットして大皿に盛られた西瓜が鎮座していた。
「おう結也、西瓜切れてるぞ」
西瓜を囓りながらそう言う栄介を、隣に座った郁恵がジロリと睨む。
「この人ったら、お客様が来る前に手を付けてはしたない」
「堅いこと言うんじゃねぇよ。西瓜はぬるくなったら不味いだろうが」
「はいはい、結也、汐里さんを呼んでおいで、早くしないとこの人が全部食っちまうよ」
「りょーかい」
たった一年ぶりの筈なのに、変わらない祖父母のやり取りに懐かしさを感じながら結也は汐里を迎えに客間へと向かう。
客間は居間の直ぐ蓮向かいにある部屋なので、呼びに行くのに一分も掛かりはしない。
扉の前に立ち二度ノックをする、しかし中からの応答がない。ノックを二度三度繰り返すがやっぱり返答はない。
「開けるよ?」
念のためにそう言ってからそっと扉を開き中を覗くと、客間の中央でうつぶせになって倒れている汐里の姿があった。
一瞬何事かと肝が冷えるが、よく見れば胸元が律動的に上下して息をしている。
客間の中へと入りそっと顔覗いてみれば、穏やかの表情で寝息を立てている。どうやらただうたた寝をしているだけらしい。
ここまで来るまでざっと見積もっても五時間以上、慣れない長旅でそりゃあ確かに疲れるだろうが。
「流石にちょっと、警戒心がなさ過ぎるんじゃないのか」
思わずそう呟くが汐里が起きる気配はないので、押し入れからタオルケットを一枚取り出し彼女に掛けてから部屋を出る。
「あら結也、汐里ちゃんは?」
「寝てる。疲れてるんだろうからとりあえずそのままにしてきた」
「あら、そうなの? まぁここまで来るのも大変だったでしょうしねぇ」
「そういうことなら西瓜とっといてやらねぇとな」
それを聞いて郁恵は黙って立ち上がり、台所から皿とラップを持ってくると、栄介がそれを受け取り西瓜を五切れほど皿にのせてラップを掛けた。
「ところで結也。おめぇ、向こうでは上手くやれてんのか?」
不意に投げられたその質問に。大皿に残されていた西瓜をパクついていた結也は、内心でうんざりとした気分になる。
一体この質問をされるのはコレで何度目だ?
「別に、普通に上手くやれてるよ」
「何か困ったこととかねぇのか?」
「ないよ、何にも」
投げられた質問に素っ気ない答えを返すのはわざとだ。栄介が話をどこに持って行きたいのかは分かっている。
だから結也は問答が長くなる前に、敢えて自分からその話題に飛び込んでいった。
「悪いけどこっちに越して来るつもりはないよ。何度も言ってるじゃ無いか」
「いや、そうは言うがなぁ」
「今までだって何とかなってるんだから、心配して貰わなくても大丈夫だよ。そんなに俺が信用できない?」
「そうじゃねぇ、そうじゃねぇがよ。だがしかしだなぁ」
苛立ちから結也の言葉が僅かに尖るが、栄介の声はそんなこと気にする素振りもなく、むしろ労るような声色だった。
だがその労るような優しい声が、結也からすれば煩わしくて仕方がない。
「しかしも何も無いよ。とにかくなにを言われた所で、俺は今の生活を止めるつもりはないし、一人でもなんの問題もないから」
「ごちそうさま」と結也は自分の分の西瓜を手早く食べ終えると、そのまま席を立って居間から出て行った。
階段を上がり自分の部屋に戻り、扉を閉めたところで深いため息を思わず漏れる。
母が亡くなってすぐの頃、祖父の栄介は結也の事を自分の所で面倒を見ると言ってくれていた、だが結也はそれを断った。
当然、栄介は反対していたが高校への入学がすでに決まっていて学費もすでに入れてあることや、引っ越しの手続きや準備が面倒だなどそれっぽい理由を付けて押し切った。今は仕送りだけしてもらっている。
後から聞いた話では、一時は栄介が結也の所へ越して行くなんて言い出していたらしいが、当時ですでに齢六十を超えている老人に新天地での生活は現実的ではないと、祖母の郁恵に諭されてそれも廃案になったらしい。
しかしそれ以来、栄介はことあるごとに、ああして結也を自分の近くに来させようとする。
郁恵の方は何か直接言ってくることこそ無いが、栄介を止めようとしない辺り気持ちとしては同じ意見なのだろう。
二人とも孫の一人暮らしを、ただ心配してくれている。
それが純粋な善意でかつ常識的な判断なのも理解している、非常識なのは多分自分の方だと言うことも。
祖父母には感謝している。しかしそれとこれとは話が別なのだ。
今の生活を捨てて、栄介や郁恵のいるこの場所へ移り住む意思は祐介にはない。
仕送りには学費や光熱費など、最低限な事以外では手を付けていない。
栄介が仕送りを盾に同棲を迫ってきたことは無いが、それでも私用で使うお金は基本的にバイトで自分が稼いだ物を使うようにしている。
母が亡くなってまだ二年ほどしか経っていないが、自分のことは今まで一人でやって来た。
俺は一人でも大丈夫なのに、どうしてそれを分かってくれないのだろう。
そう思いながら結也はベットの上で横になると、目を閉じてそのままふて寝をした。
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