人を好きになること
第20話
昨日の夜は余程寝苦しかったらしい。
朝起きてみれば着ていたシャツが嫌な汗でじっとりと濡れていて気持ちが悪い。結也は着替えがてらシャワーを浴びようとベットから降りる。
学校はすでに夏休みに入り、バイトが入ってはいるが午後からなので、朝バタバタする必要は無い。だから少し贅沢に、バスタブにお湯を張り直してゆっくりと浸かることにする。
風呂から上がり着替えが終わったちょうどその時、居間に置かれた据え置き型の電話が鳴った。
「はいもしもし、出雲ですが」
「おう結也、元気にしてるか」
電話から聞こえて来たのは、威勢のいい聞き慣れたしゃがれ声。
結也の祖父である
「なんだ爺ちゃんか。どうしたのさこんな朝っぱらに」
「朝っぱらっておめぇ、もう七時半だぞ。学校休みだからって、ちとだらけすぎなんじゃねぇのかい?」
「こっちからしたら七時も十分、早朝なんだよ田舎の老人と時間感覚一緒にしないでくれよ」
「あぁん? 老人扱いすんじゃねぇよ。年こそとっちゃいるが、こちとらまだまだ老いぼれちゃいねぇってんだ」
威勢よく豪語する栄介は去年でもう六十後半も半ばに差し掛かる程の年齢だったはずだが、その声に衰えは感じない。
結也は態度にこそ出さないが、その事が少しだけ嬉しいような安心したような。
「それで? どうしたのさ電話なんて掛けてきて」
「どうしたもなにも、今年の盆もこっち来れるのか聞こうと思ってよ」
「ああ、そうか」
受話器を耳に当てたまま壁に掛けてあるカレンダーを見てみれば、ちょうどあと一週間でお盆である。
お盆は毎年、母の実家である祖父母の家を訪ねるのが出雲家の恒例行事だった。
「ああ、大丈夫だよ今年もちゃんと行くよ」
「おおそうかそうか。ところで結也おめぇ、学校には友達とかいるのか?」
「なんだよ、また唐突に」
「いやなに、おめぇ学校での事、全然話さねぇからこっちは心配なんだよ」
「心配って。俺もう高校生だよ」
「二十歳も超えてねぇガキのくせにナマいってんじゃねぇ。それに離れて暮らすんなら、ジジィに近況報告ぐらいしてくれたって罰は当たらねえだろう」
離れて暮らすんなら。その言い方になんとなく含みを感じてしまうのは、少しうがち過ぎだろうか。
「で? どうなんだよ。んん?」
高齢とは思えないような押しの強さに押され結局、結也は渋々といった体で答えることにするが、とは言え結也には友達と言えるような親しい人物に心当たりはない。
しかしここで正直に友達はいないなど言えば、栄介は心配だのなんだのと言い出して、面倒な話題になりかねない。
適当に誤魔化すかと考えていたその時、ふと最近になって離すようになった、ある女の子の顔が結也の頭を過ぎる。
「……友達、って言っていいのかは分からないけど、定期的にあって話をする子ならいるよ」
「ほう? 話ってどんな?」
「流石にそんなプライベートな部分まで話さなきゃいけない、義理は無いと思うけど?」
結也の苦言に栄介は「いっちょ前に横文字なんて使ってんじゃねぇよ」と文句を言ったが流石に突っ込み過ぎだと気づいたのか、それ以上その事に突っ込むことはしなかった。
「まぁなんにせよ、お前さんがそっちで楽しくやれてんならそれでいいんだが……お前、面倒くさがって適当言ってるわけじゃねぇだろうな」
実際適当言って誤魔化そうかとも考えていただけに、その指摘には一瞬肝が冷えたが、さっき言ったことには嘘はない。
「そんなことしないよ」
「本当か? 嘘ついてんじゃねぇんだな」
「しつこいなぁ。嘘じゃないって、どうしてそんなに孫を疑うかね」
「よーし分かった。じゃあ今度こっち来るとき、その子も一緒に連れてこい」
「はいはい……は?」
あまりに唐突かつ斜め上の提案に一瞬意味が分からず結也の反応が僅かに遅れた、そしてそれがそのまま勝敗を分けた。
「友達の分の交通費はこっちで持つ、だから絶対に連れてこい、いいな」
「え、ちょっと、連れて来いってそんないきなり、あっ」
さっさと言いたいことを一方的に言いたいだけ言って電話は切れた、最後の結也の言葉が聞こえていたのかいないのか、それすらもよく分からない。
折り返しで電話を掛けてみるが、ただいま電波の届かないところにというお決まりのアナウンスが流れてきた、どうやら電話の電源を落としたらしい。
「クソッ、そこまでするかあのじじぃ!」
繋がる気配の無い電話に毒づく。
馬鹿馬鹿しい、なぜ夏休み爺婆の家に行くのに学校の友人を連れて行かなければいけないのか。
ああは言っていたが別に連れて行かなければいけない義務があるわけでも無し。結也は受話器を置いて朝食の準備を始めた。
いつものトーストとお湯で溶かすポタージュスープに、ドリップ式のインスタント珈琲。それと今日は余裕があるから、簡単なサラダも付けよう。
頭で献立を決めて準備を始めるが、途中ふとその手が止まる。
しばらくそのまま立ち尽くしてから、自分の部屋へと向かいベットの上に放ったままにしてあった携帯を手に取りまたそこで固まる。
そういえば夏休みどこかに遊びに行こうって約束してたな。
「……まぁ断られたって事実があった方が言い訳も聞くだろうしな」
誰にでも無く、言い訳のような独り言を口にして結也は携帯の電話帳を開き、そこに登録してある人物へと電話を掛けた。
どうしてそんなことしようと思ったのか? そう聞かれれば。
魔が差したとしか言いようが無い。
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