第21話
どうしてこんな事になったんだろうか?
祖父から連絡のあった日から六日が経ち、結也は泊まり用の荷物を手に駅までの道を歩きながらそんなことを考えていた。
駅に辿り着くとそこにはすでに見知った人物の顔があり結也の存在に気が付くと、
「出雲君お久しぶりです」
と呑気に手を振っている。
そんな様子に結也の方がなんとも言えない、ビミョーな表情になり、その事に気が付いた手を振っていたその人物が不満そうな顔をする。
「む、なんなんですか? そのビミョーな表情」
「いや、日野さん本当に来たんだなって」
「えー誘ってくれたのは出雲君じゃないですか」
「それはそうなんだけどさ」
確かに祖父のいる田舎へ向かうのに汐里も一緒にどうかと誘いを掛けたのは、結也の方だ。
ただそれも形だけというか、当然断られるものだと思っていた。ただ連れてこいとうるさい祖父に誘うだけ誘ったという言い訳さえ出来ればいい、それくらいのつもりだった。
しかし想定外な事に誘いを受けた汐里は、なんと行くと言い出したのである。
その解答には誘った結也の方が信じられず、その場で三回くらいは本気なのかと尋ねていたと思う。
「よく親が許してくれたね」
「大丈夫でしたよ。友達のおじいちゃんおばあちゃんのお家に遊びにいって来るって言ったら行ってらっしゃいって。あっ! それとお土産持って行きなさいって、ホラ」
そう言って汐里はそのお土産が入っているのであろう紙袋を掲げてみせる。
「あー応確認しておきたいんだけど。その、友達の性別とかについては?」
「? いいえ。どうしてそんなことを」
「そうか。わかった、もういい」
きっとご両親、友達のこと女の子だと思ってるんだろうなぁ。
なんとなく事の顛末は見えたのだが、だからといって今から汐里の親に、俺男なんですけど大丈夫ですか? なんて確認をとるのも間抜けな話だ。
「誘っといて言うのもなんだけど、迷惑じゃなかった。その、俺と一緒に遠出だなんて」
「そんなことないですよ。私の家、祖父母が皆この辺りに固まってるので、田舎って言うのがなくって。だから今回すっごく楽しみにしてるんですから」
なんだか結也が懸念していることをまるで分かっていないような気がするが、わざわざそこを指摘するのやましいことがあるような感じになってしまいそうで言いにくい。
いやまぁ、実際やましい事なんて何も無いのだが。
「そういえば、まだ明美ちゃん来ていないんですか? もうそろそろ時間なのに」
言われて結也が時計を確認すると、待ち合わせの時間まで後五分を切っている。
汐里に電話をしたとき明美のことも誘っていいかと尋ねられたので結也が許可した。
別に一人以上連れてくるなとは言われていなかったし、それに明美もいてくれた方が二人きりよりはいくらか精神的なハードルも低いんじゃないかと思ったのだ。
「まぁ別に五分、十分遅れるくらいだったら別に問題はないけど」
その時、汐里の携帯が鳴った。
「あ、明美ちゃんからです」
汐里がそう言ってから携帯を耳に当てて通話を始める。結也の位置からではどんな話をしているのか完全には聞き取れないが「え、そんな、どうして?」と、どうもいい知らせではなさそうな雰囲気だ。
少しの間会話をした後、汐里は電話を切り残念そうな表情を結也へ向ける。
「明美ちゃん、急用で来れなくなったそうです」
「残念ですね」としょぼくれる汐里だったが結也としてはそれどころではない。
困惑していると今度は結也の携帯が鳴った。確認してみれば明美からLINEが一件届いている。
ご丁寧にスタンプまで付けられたそのメッセージは短くたった一言。
『グッドラック 明美より♡』
この時、思いあまってその場に携帯を叩きつけなかったことを誰か褒めてくれてもいいと思う。
苛立ち紛れに強く携帯をポケットへ突っ込んだ後、結也は汐里へと向き直る。
「どうする? 三和のやつ来れなくなったみたいだけど」
「え? どうするってなにをです?」
「……いや、何でもない。それじゃあ行こうか」
なんだか色々と気にしている自分が、いよいよ馬鹿らしくなってきた。
当人が気にしていないのならもうそれでいいのかもしれない、気を揉むだけ疲れるだけだ。
……ただ、なんとなく。
そうやってあんまりにも警戒されていないその様子がどうしてかあんまり面白くなく、ふて腐れたような気分になる。
その後、電車に乗って新幹線に乗り換えるまでの間、結也の口数は若干減った。
新幹線に乗ってしばらく。二人して昼食を食べ終えた頃の話である。
「出雲君のおじいちゃん、おばあちゃんってどんな人なんですか?」
汐里にそう尋ねられ、結也は祖父母の姿を頭に浮かべる。
「そうだな、爺ちゃんの方はいかにも田舎のオッサンっていった感じの人だよ、良くも悪くも細かいことは気にしないというか。婆ちゃんの方も大体そんな感じかな、爺ちゃんよりは落ち着いてるけど」
「へーそうなんですね。確かお母さん方の人たちなんですよね」
「ああそうだよ」
「そっかぁ。ちょっと緊張しちゃうなぁ」
そんなことを言いながら汐里は車窓の外へと視線を向けた。外の景色には少しずつ、夏特有の青々とした緑が景色の多くの割合を担うようになってきている。
田舎に行ったことがないと言う汐里には物珍しいらしく、その瞳は子供のように好奇心でキラキラと輝いているように見えた。
『あなたに恋をさせて見せます。人を好きになるこが素敵なことだってそう思ってもらえるように』
夏休みの少し前、夕日に照らされた帰り道で汐里が言っていたあの言葉、あれはどういう意味だったのだろう?
ふと、結也はそんなことを考えた。
あれから夏休みになるまでの間、汐里の様子はいつも通りで特に変わっていなかったように思う。
恋をさせて見せると言っていたが、汐里は具体的に何をどうするつもりなのか。そもそもいったい誰に結也を恋させようというのか?
裕也は何げなく自分の右手を見る、誰かが自分に好意を寄せているならばその小指に赤い糸が結ばれるはずだが何度見てもそこには何も見えはしない。
なんとなく今度は汐里のほうへ視線を向ける、彼女は今も車窓からの景色を楽しそうに眺めている。
彼女は何を考え、何を思って今ここにいるのだろうか? そんなことを考えていたが結局、結也には何もわからなかった。
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