第13話

 三人で遊びに行ったあの日から五日が過ぎた昼休み、結也はいつもの渡り廊下ではなく体育館の裏である人物を待っていた。


 体育館の裏に人を呼び出すなんて、一昔前の不良漫画かなにかかと我ながらツッコみたくなるが、なるべく人気のない場所となるともうこの場所しか思い浮かばず。


 テンプレにはテンプレになるだけの理由というものがちゃんとあるのだなと、そんなどうでもいいことを実感しながら待つこと少し、呼び出した人物が姿を見せた。


「おっすイズモン。どうしたのさ、こんな所に呼び出して」


 体育館裏にやって来た明美は、いつもの様に元気よく挨拶をかましたかと思うとなにを思ったのか突然大仰に驚き。


「もしかして……愛の告白とか」


 ああそうか、それもあったかー。


「気持ちは嬉しいんだけど、でもわたしには他に好きな人が」

「はいはい、そういうのいいから」


 そうばっさりと切り捨ててやると「えーノリ悪いなぁ」と不満を口にしながらも、明美は直ぐに切り替えを済ませた。


「で? 告白でもないならどうしてこんなところに? 何か相談事とか?」


 怪訝な顔をしながら聞いてくる明美。

 彼女をこの場所に呼び出した目的は当然あるのだが、その目的を端的に表すとすれば、なんて言うのが適切だろうか?


 そうだな、強いて言うならば――


「余計な世話を焼きに来た、って所かな」

「なに? どういうこと?」


 明美は益々怪訝な顔をするが、そんな物は気にせず結也はさっさと本題に入ることにした。


「佐久間とのこと、やめるよう説得しようと思ってさ」

「はぁ? なにそれ。あ、もしかしてこの前の事? 大丈夫だよ、イズモンには迷惑掛けないからさ」

「俺がどうこうは関係ない。ただ佐久間の奴と恋仲になろうとすること自体をやめろって言いたいんだよ、俺は」

「何でそんなこと言うのさ。別に私が誰と付き合おうとイズモンには関係なくない? 何か言われる筋合いはないと思うんだけど」


 明美の声に明らかに険がこもり始める。

 それはそうだろう、突然自分がやろうとしていることを一方的にやめろだなんて言われたら誰だって面白くはない。


 だが結也としてもここまで言った以上は、ここで日和るつもりはない。元よりここに明美を呼び出した時点で一発ひっぱたかれるくらいの覚悟は決めている。


「確かに人の色恋沙汰に横からあれこれ言うのはうざいと俺も思うし。誰が誰と恋仲になろうとそれは勝手だ、俺に何か言う権利はないし、正直言ってどうでもいい」


 あの時、明美の恋路を茶番だと言い放ったとき言いかけた事がある。あの場では言うべきことではないと、咄嗟に呑み込み口にすることはしなかった。


 正直、言わずに済むのならそれが一番よかった。言えばきっと彼女を傷つける。


「今回だって本音を言えば別にどうでもよかったけど、頼まれたからには多少手伝うくらい別にかまわなかったんだ。だけどさ――」


 だが言う必要があるというのなら躊躇はしない、あの時呑み込んだカードを今ここで切る。


「三和さん、あんたが好きなのは佐久間じゃないだろう」


 ギシリと明美の周りの空気が音を立てて軋んだような気がした。


「なに言ってんのさイズモン。訳わかんないよ」


 明美の口調はいつもと変わらない、ただその瞳は明らかに笑っていない。


吉川友理奈よしかわゆりなさん……だったかな? 野球部のマネジャーの子」


 その名前を出した途端、明美の顔から今度こそ完全に表情が消えた。


「あの時は知らないって言ってたけど、小学校からの幼馴染なんだって? 当時は結構仲よかったって聞いたよ」

「……どうして」

「どうしてもなにも俺たちもう高校生だぜ、なりふり構わず調べればこれくらいの事はいくらでも」

「そうじゃないっ!」


 つんざくような叫びは最早、悲鳴の様だ。

 明美が何のことを聞いているのか、そんなことは結也にも分かっている。でもそれをはっきりと口にするのはなんとなく憚られた。


 吉川友理奈が佐久間に好意を寄せているらしいという噂があるのは、彼女の情報を集める際に結也の耳にも入ってきていた。


 明美は好きでもない佐久間の事を好きだと言い、友理奈と知り合いなのかと尋ねれば違うと嘘をついた。


 茶番とはつまりそういうことだ。


「お願い……言わないで」


 誰に、なにを言って欲しくないのか彼女は口にしなかった。

 ただ、その声は普段の彼女を知っているとあまりにも弱くて、痛々しくて、今にも泣きそうだった。


「……勘違いしないで欲しいんだけどさ」


 明美の顔はうつむき、その表情は前髪に隠れて窺うことは出来ない。


「俺は別に三和さんがやろうとしていたことを咎めたいわけでも、誰かに言いふらしたいわけでもないよ。ただ、こんなことはやめろってだけで」

「どうしてあんたが、そんなこと言うのさ」

「ああ確かに、俺が三和さんにこんなこと言う権利はないわな。けどさ」


 それはレジャー施設で話をしたあの時、明美自身が言っていた。

 

「本当は、辛い噓なんてつきたくないだろう?」


 その時、一瞬だけ明美の体が何かに驚いたようにピクリ跳ねる。


 明美は恋をすることを『辛い嘘をつくこと』だとそう言っていた。

 周りにも自分にも嘘をついて、それでも本当に欲しいものに手は届かない。


 ただ虚しさと罪悪感が胸の中に残るだけで、誰一人として幸せになれやしない。

 そんなことはきっと彼女自身が誰よりも分かっているんだと思う、だからあの時あの言葉が出たのだ。


 きっと本人も自覚はしていなかったであろう、彼女の本音。


「言いたいことは言った。だからこれ以上、俺からはなにも言わない」


 プロのカウンセラーでも無い自分が彼女を取り巻く問題や苦悩を解決できるなんて、うぬぼれたことは思わないし、そんなことのために彼女をここに呼び出したわけじゃ無い。


「ただ出来れば日野さんは巻き込まないであげて欲しい、彼女は純粋に三和さんの恋を応援しようとしてる。そんな彼女を裏切るようなマネは友達の君にして欲しくない」


 最後にそう言って結也は踵を返そうとするが気になって振り返ると、明美は俯いたままその場に立ち尽くしている。

 その様子を見ていると居心地の悪さが結也の中にせりあがってくる。


「あのさ、こんなこと言っても何にもならないかもしれないけど」


 声をかけても明美はなんの反応も示さなかった。聞こえていないのか、聞こえたうえで無視をしているのか、この際どっちだって構いはしない。


「吉川さんな、別に佐久間のこと好きでもなんでもないみたいだぞ。それと好きな人も付き合ってる人も今はいないんじゃないかな、多分」


 吉川友理奈から誰かへ好意を寄せる糸は伸びてはいなかった。

 だからどうしたという話ではないかもしれないが、それでも最後にこれくらいは伝えたっていいだろう。


 結局、明美はなんの反応も示さなかったが、これ以上言えることは何もない。

 今度こそ結也は踵を返しその場を後にした。そうして教室に辿り着いたとき、ちょうど昼休み終了を告げるチャイムが学校中に響く。


 明美はあの後どうしたのか。そんな心配が一瞬胸を掠めるが、それを確かめる術は結也にはなかった。

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