第10話
その日の授業が終わり、結也達三人は予定通り集まり学校の校庭へと向かった。
「んで? 例の佐久間って奴はどれなの」
運動部の活気が満ちてきている校庭を眺めながら結也が尋ねる。
「ほら、あそこ」
明美が指差した方向を見ると、ジャージを着た男子生徒が同じくジャージを着た女子生徒と何やら話をしている。
何か話の切っ掛けになるかもしれないと言うことで野球部の見学がてら、佐久間君とやらの顔を見に行こうと言うことになったのはついさっきのこと。
ただ正直に言えばわざわざ確認しなくても結也には誰がその佐久間君なのか、大方見当が付いていた。
結也にしか見ることの出来ない赤い糸だが、ただ伸びている訳ではい。
左手の小指から伸びた糸は、その人物がいま想いを寄せている人物の右手の小指に結ばれる。
つまり左小指の糸を辿ればその人が想いを寄せている相手が。逆に右小指の糸を辿ればその人へ想いを寄せている相手が分かると言うことだ。
それで昼休みの後、改めて自分のクラスメイト達を見回して見ると確かに一人、右手に多くの赤い糸が結ばれた見てくれのいい優男風の男が一人いた。
ああきっとコイツだろうなと思って、こうして確認してみれば案の定である。
「どう? 格好良くない? イズモン」
「んーそうだな」
「む、なにさその反応は」
結也の気のない返事に明美は不満げに頬を膨らませるが、結也からすれば野郎が格好いいかどうかなんて心底興味が無いことなのだから勘弁して欲しい所だ。
「しおりっちは? しおりっちは分かってくれるよね?」
「え、う、うん。格好いいと思うよ」
「そらみたことか」
なぜかえへんと胸を張る明美の言葉を、だから興味ないって、と心の中で突っ込みを入れつつ聞こえないふりでやり過ごす。
ただいけ好かないことにその佐久間君とやらがモテるのが事実だと言うことは、彼の右手小指に結ばれた多くの糸を見れば明らかである。
だが――。
「ん?」
不意に結也は怪訝な表情を浮かべると、そのまま明美の方へと視線を移した。
「え? なに、どしたの?」
「いや……」
不可解な行動に不思議そうな顔をする明美だったが、結也はそんなこと気にせずまた佐久間の方へと視線を戻す。
「なあ、あの人は誰?」
「誰って? 佐久間君じゃん」
「じゃなくて、その隣。今、話をしてる方」
言いながら、結也は佐久間と何か話をしている女生徒を指差した。
「あー、多分野球部のマネージャーかなんかじゃ無いかな?」
「三和さんの知り合い?」
そう聞くと明美は驚いた様な顔をした。
「え……まさか」
そう呟いて、明美は深刻そうな表情で結也のことを手招きする。手招きされるまま結也が近づくと、そっとその耳元に口を寄せて。
「……ひょっとして一目惚れ?」
「んなわけあるか」
ツッコミがてら眉間に手刀を入れる。
「イッタ! ちょっとしおりっち今の見た? この人今叩いたよ、うら若き乙女の顔を! 暴力だ! 虐待だ! DVだ!」
「やかましい。この後に及んでふざけるあんたが悪い」
大して痛くもない筈だが、額をさすりながら恨めしそうにぶーぶー言っている明美を汐里がよしよしとなだめる。
やっぱりこの人のこのノリは苦手だ。
「で、どうなの、知り合いなの?」
改めて尋ねると今度は驚いた様子も無くあっさり「知らない」と答えた。
「本当に?」
「本当だよ。話したこともないし。別にどうでもよくない? そんなこと」
「そうか」
結也はもう一度、佐久間達のいる方向へと視線を向ける。
眉間に皺が寄ったその表情は何かを強く考えこんでいるようだった。
「何々どしたんイズモン。そんなに悩んじゃって」
明美が怪訝に思いそう聞いてくるが、それには答えず結也はしばらく考え続けた。
そうして佐久間達から視線を外すと、今度は真っ直ぐに明美の事を見て。
「……三和さんは本当に、あいつと付き合いたいわけ?」
そう聞いたその声はどこか真剣な声色をしている。
「あったり前じゃん。今更なに言ってんのさ」
そんな結也の質問に対して、明美はあまり悩んだりすること無く答えた。
「そうか……なら悪いけど、俺は協力できない」
突然そう言って結也は踵を返した。
帰ろうとする結也に明美が慌てて追いすがり、その手を掴んで引き留める。
「ちょっと、いきなり協力できないとか、どういうことなんさ」
「そのまんまの意味。気が変わったんだよ」
「気が変わったって。ちょっとそれは勝手すぎるんじゃないん?」
どうしてかその言葉にムッときた。普段なら気にも留めていなかっただろうに。
もしかしたら自分でも気づいていないうちに、目に見えない何かがその時はちょっとずつ、積もってきていたのかもしれない。
「勝手って。大体あんたは――」
苛立ちから言葉が荒くなりつつも、危うく零れそうになった言葉を、すんでの所で呑み込む。
ただ堪えた反動なのか、その後来た言葉は呑み込む前に零れでてしまった。
「とにかくもう、あんたの茶番に付き合うつもりはない」
その瞬間、明美から表情が消えさっきまでくるくると変わっていた顔がスッと能面の様な物に変わる。
もういい。声には出さず口の形だけでそう言って明美は走り去ってしまった。
その場に取り残された汐里が突然の事に、どうした物かとおろおろしている。その様子を見ると今更になって少しだけ罪悪感がうずく。
汐里は立ち尽くす結也と、明美が走り去った方向を交互に見て。
「えっと、ごめんね出雲君! またね」
別に謝らなければならない事なんて無いはずなのに。汐里は結也にそう言って、明美を追いかけていった。
「……あー、くそ」
空を仰いでぼやいてみるが、今更後悔したところで後の祭りでしかない。
空を見上げていた視線をもう一度、件の佐久間へと向ける。
彼は今も野球部のマネージャーらしき女の子と、何やら楽しそうに話をしているのだった。
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