第9話
明美は気が済むまで結也と汐里の二人を付き合ってる、付き合ってないのネタで弄り倒し、ようやく満足したのか「ところでさ」と話題を変えたのは五分ほど経ってからだった。
「せっかくだし、私の恋バナにも付き合ってよ」
なにがせっかくなのか、結也には全くもって理解できなかったが、それに突っ込みを入れる元気はとっくに尽きている。
割と冗談を抜きに、この数分で少し痩せたんじゃ無いかと思えた。それぐらい明美との会話は結也にとって疲れるものだった。
「それって、この前話してた一年の彼氏さんの話ですか?」
それに引き替えやはり女子とはそう言った話題には食指が動く物なのか、恋バナと言うワードに汐里は反応して目を輝かせている。
女子のおしゃべりに対するこのバイタリティは一体どこから湧いてくるのか、口下手の結也には永遠の謎である。
「うんっや、そいつとは一ヶ月前に綺麗さっぱり別れた! 今のわたしはすでに新しい恋へと走り出している」
「えーあんなに仲よさそうだったのに」
「いいの、いいの。その気のない相手と付き合っててもお互い辛いだけじゃん」
その意見にはひそかに結也も賛成だった。どちらかの気持ちが途切れたのならさっさと切り替えて忘れてしまったほうがいい。
想いを残して引きずったところで不幸になるだけだ。
しかし汐里はそのことが、納得いかない様子で。
「でも、その前に付き合ってた人も、前の前の人も、そう言って直ぐに別れてたでしょう。もう少し続ける努力とかしようとは思わなかったの? せっかく好きな人とお付き合い出来たのに」
「ないない今時、皆こんなもだって」
どこまでもカラッとした言いぶりに「そうかなぁ」と汐里が少し不服そうにしていると、明美が辛抱たまらんと言った様子で突然抱きついた。
「あーん、もうっ。しおりっちは純情で可愛いなぁ」
「ちょっと、明美ちゃん! 急にやめてよ、髪が崩れちゃう」
「よいではないか、よいではないか。うりうりー」
話についていけず完全に所在を無くしていた結也がキャッキャ、キャッキャと騒いでいる二人を何とも無しに眺めていると、それに気づいた明美がニヤリと笑い。
「どうしたん? そんなにうらやましげに見つめてぇ。よかったら混ぜて上げよっか?」
「誰がうらやましげだ! 余計なお世話だ寄ってくんな」
じりじりと迫ってくる明美を、シッシッと手で追っ払う。
疲れたからなのか、明け透けなキャラに流されてか結也の対応も大分ぞんざいになって来ていたが、明美はケロッとして特に気にした様子もない。
「んで、話を戻すんだけど。わたし今ちょっと気になる人がいて」
もったいぶった口調の明美の話を汐里が興味深そうに聞いているその横で、結也はちょっと帰りたくなってきている。
結也は明美の恋バナにハッキリ言って興味が無かった。
誰が誰のこと好きだろうと知ったこっちゃ無い、勝手にやってくれという話だ。
結也は珈琲をすすりながら心のスイッチを切り、話を聞き流すモードに以降する。
「二組の佐久間君、知ってる?」
「えっと確か、野球部のキャプテンをやってる人でしたっけ?」
「そうっ! 二年生でもうキャプテンなんて格好いいと思わない? 性格もさわやかで紳士だって評判」
「へー、確かにちょっと憧れるかも」
……ふーん、憧れるのか。
と一瞬そんな感想を思い浮かべるが、即座にもう一度心のスイッチを切る。
「そうなんだよ、憧れるんだよー。でもわたし野球部にも、二組にも知り合いがいなくってさぁ。中々お近づきに慣れないんだよねぇ、コレが」
「確かに。接点が無いと中々声とかも掛けにくいですもんねぇ。あれ? でも二組って……」
「……ん?」
心のスイッチを切っていたせいで反応が遅れたが、気が付くと汐里の視線が結也へと向けられている。
なぜだろう? 激しく嫌な予感がする。
「確か、出雲君の教室って二年二組じゃなかったでしたっけ?」
「え、マジで!」
汐里が結也へ投げた質問に、明美が激しく食いつく。正直、違うと答えたかったが自分のクラスについては以前、汐里に話していた。嘘を言ったところで無意味だ。
「あー、まー、そぉ、だけど」
精々歯切れ悪く答えて、ささやかな抵抗をしてみるが、無論そんなもの何の意味も無く。
「お願い! 佐久間君にわたしのこと紹介して下さい!」
元気で明け透けな明美ちゃんは、静かな廊下に音が響く程の勢いで手を合わせ、結也に懇願するが、「無理だ」と結也の答えはにべもない。
「何で! うららかな乙女が、がこんなにお願いしてるのに!」
「なんでもなにも、俺はそいつとクラスが同じなだけで友達でも何でも無いんだぞ。紹介できるはずないだろ」
そもそもクラスにそんな人物がいると言うこと自体、把握すらしていなかった。
ああ、俺って本当にクラスの連中に興味なかったんだなぁ。と今更なことを内心でしみじみ思う。
「佐久間君と話をする切っ掛けだけ作ってくれればいいんだよ。後のことは私が何とかしてみせるから」
そうは言うけどなぁ、と結也が困っていると、明美の後ろに控えていた汐里と目が合った、心なしかその表情は少し申し訳なさそうに見える。
もしかしたら自分の不注意な発言で結也を困らせてしまっていることに、罪悪感を抱いているのかもしれない。
このまま行けば、汐里の方から明美を止めてくれる気配がした。
だけどここで明美の頼みを一方的に断れば、頼まれてとは言え、結也を紹介した汐里の立場が無いのでは無いのだろうか。
もし、そのせいで万一でも、汐里と明美が気まずくなってしまったら、それは悪いような気がする。
「……分かったよ」
結也は観念して肩を落とした。
「マジ! やったね!」
「ただし、あんまり期待はしないでくれよ」
忠告してみるが、はしゃいでいる様子の明美は果たして聞いているのかどうか。
結也が小さなため息をついていると、遠慮がちに制服の袖を引かれた。振り向いてみれば汐里である。
「あの、出雲君」
今にもごめんなさいと言い出しそうな汐里を、結也は手で制した。
「別に日野さんが謝ることでも無いよ。まぁ、声かけるだけなら大した労働量でもないでしょ」
口ではそう言うものの、大して知りもしない人物に女の子を紹介しなければならないことを思うと、正直気が重くなる。一体なんて声を掛けたものか。
結也がそうして先のことを憂いていると。
「……ありがとう、出雲君」
囁くようにそう言って汐里は引いていた袖を放し、明美へと駆け寄って眉根を寄せた厳しい顔つきで何かをたしなめている。
このタイミングで、お礼を言われるとは思っていなかった。
ただその不意打ちのありがとうは、存外心地よく結也の胸に残り、先のことを考えて重かった気持ちが少しだけ軽くなったような気がした。
汐里の携帯から何時ものマーチが鳴り響き解散の時間を告げると、明美は今日の放課後もう一度、集まろうと提案をしてきた。
「善は急げって言うし、軽く作戦会議でもしない? そんなに時間はとらないから」
明美はそう提案すると二人が何か答えるよりも早く「じゃあ、そういうことで」と話を一方的に切り上げた。
「じゃあね、イズモン。また放課後ねー」
いつ付けられたのか分からない、どこぞの友好珍獣のようなあだ名を口にしながら明美はさっていった。
まるで嵐か何かの様だったなと、よくわからない疲れを感じながら去っていく明美の後ろ姿を見送っていると。
ふと、違和感を憶えた。
明美の左手。その手の小指からは、結也にしか見えない赤い糸が一本伸びている。
しかしその糸は彼女の言動とは反比例するように昏い色をしていた。
諦めと未練、そしてそれとはまた別な何かを抱えているような、そんな複雑な色。
「……まぁ俺が気にすることでも無いか」
結也はそう言って、浮かんできた違和感を振り払った。結也にとっては明美の恋がどういう物かなんてどうでもいい話だった。
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