『手を伸ばせば届くのに』
第8話
昼休みの三階渡り廊下。この場所はこの時間、人の存在は皆無でありいつも閑散としている。
そんな場所へ出雲結也がちょっとした成り行きと約束から、通うようになってからしばらく経ち。
日に日に太陽の光が強くなり、いよいよ夏本番も目前まで迫ろうかという頃。
結也がいつものように渡り廊下へと向かうと、そこには見知った女生徒が一人と、見知って無い女生徒が一人。
「あっ! こんちわー、初めましてぇ!」
「ちょっと明美ちゃん、声が大きいよ」
見知ってない女生徒の方が元気よく挨拶をし、見知った顔の女生徒 、日野汐里がそれを窘めた。
「えー、別によくない? どうせ誰もいないんだしさぁ」
「そういうことじゃ無いでしょう、もう!」
プチ喧嘩に発展してそうだった二人の間に「まぁまぁ」と結也が割って入る。
正直に言うと結也はテンションの高い彼女の挨拶に少したじろいでいて、汐里もきっとそれを察してフォローをしてくれたのだろう。
ただ女の子相手にたじろいだところを、別の女の子にフォローされるというのは流石に男として少々情け無い。
「えーと、あんたが日野さんの言ってた?」
「そうだよ。そう言うあなたは噂の出雲君?」
「まぁ、一応」
そう答えるとなぜだか「きゃー」とテンションの高い声を上げて。
「改めて初めまして。あたし、しおりっちの友達の
語尾に星マークでも付きそうなハイテンションで自己紹介されて、結也は小さくにが笑いを浮かべた。
このテンションで迫られたら、そりゃ喋ってもしょうがないよなぁ、と思い出すのは昨夜のことだ。
その夜、結也が自室で寛いでいたとき携帯に電話が掛かってきた、ディスプレイには日野さんと表示されている。
彼女とは最近ある出来事を切っ掛けによく話をする仲になり連絡先を交換していたのだが、日頃から頻繁に連絡するような仲か? と言われればそれほどでもない。
だからなんとなく、今まで携帯を使って連絡を取り合うことは無く、彼女から着信が来たのもコレが初めてである、しかもこんな夜遅くにだ。
どうしたんだろうか? と首を捻りながら結也は携帯の通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
「あっもしもし、あの、出雲君のお電話ですか」
「そうだけど、どうしたの急に?」
「夜遅くにごめんね、実は、その……」
言い出しにくいことなのか、汐里はそこで言葉を濁し逡巡するような素振りを見せる。
結也が根気よく待っていると、やがて意を決したのか電話越しに小さく深呼吸するような音が聞こえて。
「ごめんなさい」
と、突然謝られて面食らう。
「ごめんって。なに? 俺、日野さんに謝られる様なことされた憶えないけど」
意味が分からず結也が困惑していると「実は……」と汐里の方から、その謝罪の意味を話しだした。
何でもさっきまで友達と電話でおしゃべりをしていたそうなのだが、その時、最近汐里が昼休み付き合いが悪いのはどうしてだ? と言う話になったらしい。
汐里は元々ある理由から昼休みは頻繁に渡り廊下に通い詰めていて、そこに偶然通りすがったのが切っ掛けで、結也は汐里の話し相手となった。
汐里が渡り廊下に通い詰めていた理由も今となっては無くなっているのだが、どういうわけか渡り廊下で会えた時は、取り留めのない会話をするという習慣だけが残っている。
そんなおり友達にその事をツッコまれ、つい喋ってしまったのだという。そのくせ今度はその友達から結也に会わせろとせっつかれているらしい。
「ごめんね、勝手なことして」
「いや別に構わないけど。でも、その子は俺と会って何がしたいって言うんだ? 別にあったところでなにも面白い物は無いと思うんだけど」
「うー、多分、出雲君がどうこうって言うより。私のことをからかって遊びたいだけなんだと思う」
「だからもし嫌だったら、断ってくれても全然いいからね」と汐里は申し訳なさそうに言うが、そう簡単に断れるような話だったら、わざわざこうして電話なんて掛けては来ないだろう。
きっと汐里の性格的に一方的に断るのは気が引けたのだろうということは、人付き合いが不得手である結也にも察せられた。
だったらまぁ会うくらいなら、そう思い結也は汐里の友達と会うことを了承した。
そうして今に至るというわけである。
「君がしおりっちの逢い引きのお相手? ふーむ、私とのお昼ご飯、蹴ってまでなにしてるのかと思ったら。なるほど、なるほどねぇ」
「逢い引きって。そんな人聞きの悪いこと言わないでよ明美ちゃん」
「そう? じゃあ、密会? 忍び会い? ランデブー?」
「全部、意味一緒! 大体、私と出雲君は別にそう言う仲じゃありません!」
「えっ、そうなの?」
「そうです!」
憤然とした様子で主張する汐里だったが、当の明美は蛙の面に水と言った様子で、気にした様子は無い。
汐里が友達として連れてきた明美の印象は明るく活発で派手な女の子だ。
あえて安易で俗な言い方をするならば、すごく陽キャっぽいというのだろうか。
一応、結也達の通う高校は染髪は禁止なのだが彼女の髪色はかなり明るい。きっとその事は常日頃から先生達から追求されている筈だが、きっとそれらを持ち前のキャラでのらりくらりと躱しているのだろう。
と、短い間でそんなことを察せてしまうくらいには彼女は明け透けだった。
一緒に並ぶ汐里が落ち着いていて控えめな印象を受けるタイプなので、余計そう見えるのかもしれない。
「彼女はああ仰っていますが、本当の所はどうなん? 正直にゲロッちまった方が罪は軽くなるよ、ん?」
矛先の向きを汐里から結也へ変えてそんな軽口を叩く彼女に対して、露骨にならない程度ににが笑いを浮かべる。
「彼女の言うとおりだよ。俺と日野さんは別にそういう仲じゃないよ」
「こうやって昼休みこそこそあってるのに?」
「あってるのにだよ」
「ホントにホント?」
「ほんとにほんと」
あーこのノリ苦手だなぁ。
悪気が無いのだけは分かる。明るくて気さくな人の良さも感じるし、とくに嫌悪感を感じる訳でもない。ただこの人の警戒線を軽々飛び越えて、懐に飛び込んでくる人懐っこさに、結也は戸惑ってしまうのだ。
彼女のこのテンションに会わせることは、どうしてもできそうにない。
「なぁんだ、ちょっと残念。でもさ、じゃあ何でこんな所で話してるわけ?」
不意に投げられたその質問に結也は答えず、こっそりと汐里へ視線を投げる。
これを話していいかどうか決める権利があるのは汐里の方だ、結也が勝手に話すわけにも行かない。
結也の視線の意味を察してか、汐里はちょっと遠慮がちに口を開く。
「実は、私の方がちょっと相談に乗って貰って」
「相談? 相談ってなんの?」
重ねて尋ねられた問いに汐里が言い淀み、それを見た明美が何かを察する。
「ひょっとして恋の話、てきな?」
その窺うような質問に汐里が恥ずかしそうに小さく頷いた瞬間「きゃーーーー!」と明美が歓喜の声を上げた。そのあまりにも激しいテンションの上げ幅は、結也が思わずその場でひっくり返るかと思うほどだ。
「なにさなにさ。そういうことなら、わたしにも相談してくれればよかったのに。水くさいなぁもう!」
「それは、ちょっと恥ずかしかったし。ごめんね」
「いいのいいの、ぜんっっぜん気にしてないから! それで? そのしおりっちのハートを奪った相手って誰なの? 上手くいきそうなん?」
畳みかけるような明美に、汐里の顔が僅かに堅くなる。それもそうだろう、彼女はその想い人に最近、失恋をしたばかりなのだ。
汐里の左手の小指。そこから伸びるのは結也にしか見ることのできない好意の糸。
その糸は少しずつ薄くなりつつあるが、今も未練の色を帯びながら、想いを寄せていた相手へと繋がってるはずだ。
そんな彼女の閉じかけていた傷をえぐるような、その無遠慮な質問に結也は思わず苦言を口にしそうになるが。
「あれ? ひょっとして結構、話すの辛い感じ?」
半狂乱の様になっていた明美が、不意にそう聞くと汐里が今度はちょっとだけ申し訳なさそうな顔で頷いてみせる。
するとさっきまでの超テンションはどこへやら明美は「そ、じゃあいいや」と好奇心の矛を以外とあっさり納めてくれた。
「言いにくいこと聞いて、ごめんねしおりっち」
「ううんいいよ、気にしないで」
……へぇ。
無遠慮に見えて、意外と引き際は弁えているらしい。
結也は口には出さず、ちょっとだけ明美のことを見直した。
一見対極に見える二人が友達として上手くやれているのは、こう言った所に起因しているのかもしれない。
「と·こ·ろ·で。出雲君の方はどうなの?」
「は? なにが」
「だって、今までしおりっちから恋の相談をうけてたんっしょ? 相談を受けているうちにいつしか恋心がーって、よくある話じゃん」
今度はこっちか! と逸れたと思った話題がヘアピンカーブを描いて戻ってきた。
結也としてはそのまま遙か彼方へと消えていってもらいたかったところだったが、そう思い通りには行かないのだった。
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