第11話

 明美と喧嘩別れした後。

 家までの帰路を結也が歩いていると、ポケットの中で携帯が鳴った。


 取り出して確認してみれば、汐里からの着信である。

 さっきの事を思うと電話へ出ることに気が引けたが、だからと言って無視をするわけにはいかない。


 結也は何時もより倍は重くなったような気がする携帯をどうにか耳元へ持って行き、通話に出た。


「はいもしもし……ごめん」


 いたたまれなくて相手の返事よりも早く謝罪の言葉が口を突くが、汐里は結也のことを甘やかしてはくれなかった。


「謝る相手は私じゃないと思いますよ」


 怒るわけでも責めるわけでもなく、事実をそのまま伝える様なそんな声だった。

 そして、彼女の言っていることは確かに道理だ。


「確かにその通りだ。ごめん」

「だから、私に謝ってもしょうがないですって」


 そう言った直後、汐里が電話の向こうで可笑しそうにクスクスと笑いだした。


「どうしたの?」

「だってついさっき、全く同じやり取りをしたばっかりだったから」

「誰と?」

「明美ちゃんと」


 また可笑しそうにクスクスと笑う汐里の声が電話の向こうから聞こえてくる。

 勝手だが、その笑い声に罪悪感で痛む心が少しだけ救われる。


「いきなりですけど。出雲君は明日、何か予定ありますか?」

「本当にいきなりだな、どうしたの?」

「いいから答えてください」


 そう言われて怪訝に思いながらも、結也は頭の中でスケジュール表を確認する。


 明日は土曜日。休日はバイトを入れていることも多いが今回はそれもなく、正真正銘暇な一日だったはずだ。


「うん、特に何も無いけど」

「よかった。なら一緒に何処かへ遊びに行きませんか? 私と出雲君、それと明美ちゃんの三人で」


 突然の提案に結也はその場で目を瞬かせたが、彼女がどうしてそんなことを言い出したのかその意図はすぐに分かった。


 謝るべき相手にちゃんと謝りなさい、つまりそういうことだ。


「俺は構わないけど。でも三和さんが嫌がるんじゃないのかな、俺とだなんて」


 不安げに尋ねる結也に対して、汐里は「大丈夫ですよ」とこともなげに答えて。


「明美ちゃんは優しい人ですから」


 なんのためらいもなく、当たり前の事を言うように汐里はそう言った。


「ちなみにこれと全く同じやり取りも、ついさっき明美ちゃんとやりました。以外と出雲君と明美ちゃんって似たもの同士なんじゃないですか?」

「どこがだよ。本気でそう思ってるなら眼科行った方がいいよ、眼科」


 あのバイタリティ溢れる明美と結也とでは共通項などあろう筈もないが。しかし汐里は「えーそんなこと、ないと思うけどなぁ」と認めるつもりはないらしい。


 その後、明日の待ち合わせ場所と時間を聞いて電話を切る。


 そういえば、友達と休日に遊びに行くなんて、これが初めてかもしれない、こういう場合、服装とか少し気にした方がいいだろうか?

 そんな我ながら、らしくないことをぼんやりと考えながら結也は帰路を歩いた。

 



 待ち合わせ場所である駅前には結也が一番乗りだった。


 集合時間まであと十五分。立っているだけで汗をかくようなじりじりとした陽気から逃げるように日陰の下で待っていると、目の前にある横断歩道の向こう側に見覚えのある人影が見えた。


 人影は信号が変わると同時に暑い日差しの中を真っ直ぐに結也のもとへ走ってきて。


「昨日はごめんなさい!」


 目の前に付くなり綺麗な九十度のお辞儀をかまして、謝罪の言葉を口にした。


「ちょ、三和さん頭あげて」


 周りの視線が何事かと結也達に集中しているのを感じ慌ててそう言うと、明美もその事に気が付いたのか、照れくさそうにその顔を上げた。


「えっと、実は昨日しおりっちに色々怒られてさ、それで思い返してみればわたし色々と流石に失礼だったかなって反省して。だから今日、顔を会わせたら真っ先に謝ろうと思ってて。だけど、ちょっと気合い入りすぎちゃったみたい」


 そう言って、たははと明美が照れ笑いを浮かべる。


 顔を合わせたら真っ先に謝ろうと思って。

 それは結也も実は同じ気持ちだった。ただどうやって声をかけるべきかと悩んでいたのだが、明るく元気な明美ちゃんはこんなところでもあけすけだった。


「こっちこそ昨日はごめん。すこし口が過ぎた、許して欲しい」


 明美ほどではないが、結也も頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

 顔を上げると二人の目が合った。お互いなんとなく無言になり、その後直ぐにどちらともなく小さく笑いが漏れた。


「あっそうだ。お詫びの印にジュースでも奢るよ。なにがいい?」

「え、いいよ悪いし」

「いいや、意地でも奢らせて貰う。それくらいしないと私の気が収まらないし」


 何にもそこまでしてくれなくてもと思ったが、ここで結也まで意地にになってしまったらあまりに不毛だ。


「……分かった。じゃあブラック珈琲」

「オッケー任せて!」


 そう言って手近の自販機に駆け寄っていく明美の後をそれとなく結也が付いていく。


「別に付いてこなくてもよかったのに」

「まぁ、いいから」


 結也の行動を不思議がる明美だったが、途中で気にするのを止めたらしい。

 自販機に辿り着くと小銭を入れて、言われたとおりブラックの珈琲のボタンを押す。


 出てきたものを取り出そうと、明美が排出口へ屈んだ瞬間を見計らい結也が横から自販機へ小銭を入れた。


「三和さんはなに呑む?」


 結也からの質問に、明美は珈琲缶を持ったままキョトンとした顔をした。


「昨日の事で詫びを入れないといけないのは俺も一緒だしさ。だからこれでお互い貸し借りは無しって事で。どう?」


 その提案に明美は、僅かに逡巡している様子だったがやがてニッと笑った。


「私ポカリね、ゼロカロリーの」

「承知しましたよっと」


 互いに購入した飲み物を交換して、元居た日陰へと戻る。

 奢って貰った珈琲は、学校で何時も飲んでいるものと比べると少し物足りないが、悪くない味だ。


 それから少しして、待ち合わせ予定の時間まであと五分となったところで、今回の言い出しっぺである汐里が姿を見せる。


「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」

「いや、別に待ってないよ」

「そーそー遅刻したわけでもないんだから、気にしないでよしおりっち」


 そんな待ち合わせのお約束のやり取りをやってから。汐里がどことなく窺うような目で、結也と明美の二人を見る。


「大丈夫だよしおりっち。イズモンとはもう仲直りしたからさ」

「本当ですか」


 嬉しそうな声で確認してくる汐里に、明美は「ホント、ホント」と笑顔で返し、結也は珈琲を口にしながら小さく頷いて答えた。


「よかったぁ。やっぱり友達が喧嘩してるなんて辛いですもんね」


 心底ホッとしたように顔をほころばせる汐里から、なんとなく視線を逸らす。


 ……この娘は本当に俺たちと同じ高校生なんだろうか?


 出会った頃からしてそうだったが汐里は時折、聞いてる方が恥ずかしくなるような事をポロッと平気で言うところがある。


 天真爛漫というかなんというのか。そう言った時の彼女の言動は結也からしたら、くすぐったくてたまらない。


「それで? 全員そろった訳だけど、これからどうするんだ?」


 視線は逸らしたまま、汐里にそう尋ねるが彼女は「えーと」と少し困った様子で。


「……どうしましょうか?」

「決めてないのか!」

「うぅ。私、自分からこういうこと企画したことなくって、なにをすればいいのかよく分からないんです。とりあえず駅前を集合場所にしておけばどこにでも行けるから、そこで意見を聞こうかなって」

「いや、そう言われてもな」


 この手の事になれていないのは結也も同じで、どうしようと聞かれても正直困る。

 さて、どうした物かと悩んでいると。


「フッフッフッ」


 そんなわざとらしい笑い声と共に、明美がドンと自分の胸を叩いた。


「そういうことならわたしにまっかせなさい! この辺で遊べる所は全部抑えてあるんだから」


 そう自信満々に頼もしいことを言うと、明美は結也達の今日使える持ち金を聞いてきた。行く場所の参考にしたいのだという。


「私は五千円くらい」

「俺は一万」

「おっ、イズモン以外と気前いいねぇ」

「一応バイトしてるからな」

「ふむふむなるほど。これだけ軍資金があるのなら大抵の所で遊べるね」


 そう言って少し思案した後、明美は目的地を決め、駅の中へ向かって歩き出した。

 結也と汐里の二人はその後ろをカルガモ雛のように大人しく付いていくのだった。

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