第10話
トイレから帰ってくると鈴木さんと高田さんが俺の周りの席をくっつけて、向かい合って食事ができるようセッティングしてくれていた。
「すみません、待たせてしまって」
「全然気にしなくていいよ」
「そうそう。こんなことで怒んないって」
2人は言葉通り、少しも気にした様子がない。
鈴木さんはピンク色の巾着に入った小さなお弁当を、高田さんと俺が惣菜パンを机に置く。
「それじゃあ、食べよっか。いただきます」
「「いただきます」」
全員が席についたのを確認してから、鈴木さんが食事の挨拶をして、俺たちもそれに倣う。
こういう、誰も咎めないから疎かにしてしまう挨拶を、しっかり率先してできるのってなんかいいな。
なんて考えていると、高田さんの惣菜パンのパッケージが目に入る。
「焼きそば風味の……パン⁉︎」
「そう!コンビニで売ってたの、新しくない?」
困惑しているのを興味を持ったと思ったのか、高田さんはキラキラした目で聞いてくる。ただの惣菜パンだと思っていただけに衝撃が強い。
「茜里ちゃんまた、変なもの買ってきたの?」
「えーっ、変なものって酷くない?人生で食べられる回数は決まってんだから、なるべくいろんなもの食べなくちゃ損じゃん」
言いたいことは理解できるが、それにしたってもっと別のものがなかったのか?
「というわけで、アタシのパンちょっとあげるからモモのお弁当ちょっとちょーだい」
「もう、茜里ちゃんはいつもそうなんだから……。はい、今日の自信作の卵焼きだよ」
2人は、もう何度も同じことをしているようで、流れるような動作で食べさせ合いっこをする。
「ん〜!やっぱモモのお弁当最高ー!」
「このパンも意外と美味しいね」
「鈴木さんってご自身でお弁当を作ってらっしゃるんですか?」
「そうだよ。木米さんも食べる?」
「えっ、いいんですか⁉︎」
「うん。今日は自信作だから。逆に食べてほしいくらいだよ。だからはい、あーん」
そう言って、鈴木さんはお箸で卵焼きを俺に食べさせようとする。
女子って今日会ったばかりなのに、いきなりあーんってするものなのか?いや、高田さんとは普通にしてたし女子の間では普通なのかもしれない。ここで断るほうが不審がられるのか?
ええい!ままよ!
パクッ
「ッ!とっても美味しいです!」
「本当?嬉しいなぁ」
素の口調に戻らなかったことを褒めてほしいぐらい美味い。
ああ、今最高に高校生してる気がする。最初でちょっと躓いたが、2人に出会えただけでプラスだ。
この調子であと二時間耐え切るぞ。
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やっと授業が終わった。どの授業も基礎ができてないからほんとに辛い。3週間の遅れがここまで効いてくるとは。
だが、ここからは待ちに待った鈴木さんによる街案内だ。
「じゃ、アタシは用事あるから。また明日〜」
「バイバイ、茜里ちゃん。……私たちも行こっか」
高田さんは教室を走って去って行き、俺たちも移動を開始する。
「今日は知っておきたい場所とかある?」
「えっと……お料理をしたいので食材が買えるところをお願いします」
「そうなんだ。それなら商店街かな」
家賃と学費は研究協力の対価として、あの人がポンと払ってくれたが、光熱費とか生活費は仕送りだから節約しなければならない。
「今更だけど木米さんってどこに住んでるの?」
「《すだま荘》というところに引っ越してきました」
「ああ、あの綺麗なアパート。私の家もそこの近くだからご近所さんだね。……あれ?もしかして一人暮らし?」
「そうですが……?」
あまり大きくない《すだま荘》の大きさから予想がついたのか、聞かれたままに肯定すると、何がいけなかったのか鈴木さんが少し怒ったような表情になってしまった。
「あのね、木米さん。女の子の1人暮らしは簡単に教えちゃダメなんだよ。たとえ、女の子同士だったとしても、どこから情報が危ない人に伝わるかわからないんだから」
そう言われて、初めて俺は今の自分が女性であるという自覚が足りなかったことに気付いた。
どんなに女性になると口で言っていても、所作を身につけるだけで思考は男のまま、何も変わっていない。
前の学校では、それのせいで
「すみません。それと、ありがとうございます」
「こっちこそ、ごめんね。なんか説教みたいになっちゃて」
真剣な話になってしまったためか、俺たちはいつのまにか立ち止まって話し込んでいた。
「急ごっか。商店街だけでもいっぱい案内したいところがあるから」
「はいっ!」
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設定紹介
魔闘法
魔力は万物に宿っており、その存在を常に強化している。魔力伝達不全などなんらかの理由で魔力による身体強化がない場合の、(最大魔力量にやって変動するが)おおよそ1.5倍。
人間の肉体も例に漏れず、魔力の循環によって強化されているが、緻密な魔力操作によってその強化倍率を上昇させることができる。
魔術が発展するまでは魔力を使った唯一の技術であったが、命の危険やその習得難度の高さ(早くて半年ほど)から廃れていった。
魔力がなければ猛獣などにより人間は絶滅していたのではないかとする説も多く存在する。
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