第3部分

「いえ、お嬢様の従者としては当然の事……というよりも、本来であればその感覚についても確かな答えを用意出来て然るべきなのですが、遺憾ながらやはり私には魔法的な事象への感知能力等は欠けてしまっている様ですので、従者として申し訳無くはありますが、その様にして頂けると大変有難く存じます」


 ともあれ、斯くして「森林に居る間に感じていた違和感が無くなった」という件については情報の共有が終わったものの、それで状況が明確に前に進んだという訳ではないので、タチバナとしては早々に次の事柄についての話題へと移りたい所ではあったが、「久し振りにお嬢様に褒められた!」などとは思っていないとはいえ、仮にも主からの称賛を受けた以上は、そして自身の願いが聞き届けられた以上はそれを無視する訳にはいかない為、先ずはそれらへの対応を口にする。


 とはいえ、タチバナがそれを優先したのは「それが従者としてあるべき姿である」という、既成の規範に基づいての判断ではなく、あくまでもアイシスの従者としてそうすべきだと自身が判断したというか、言ってしまえばそうしたいと思ったが故の言動であったが、当の本人はその違いを未だはっきりとは自覚してはいなかった。


「いやいや、誰にだって向き不向きはあるものだから気にしないで……というか、もしかしたら貴方にはそれが無いのかも、とか思ってた位だから寧ろちょっと嬉しいまであるくらいよ。……って、流石にこれは失礼だったかしら? でもまあ、折角のパーティーなんだから、分担出来る役割があるって事が嬉しいのは確かだから、申し訳無いなんて思わないで大丈夫よ」


 一方、無論その様なタチバナの内心の変化の事など、少なくとも意識出来る程には認識していないアイシスはそうして申し訳無さそうに自身の能力不足を詫びるタチバナに対し、その性格からの当然の反応として先ずそれが不要だと伝えると、思い付くままに自身の正直な気持ちを伝える事でその言動を自らの手で、もとい口で補強する。


 尤も、確かに申し訳無いとは口にしたものの、そのタチバナの言葉は形式上は一応謝罪ではなく、主であるアイシスへのお礼という形にはなっているのだが、その内心の深い所までは分からない……というよりも、少なくともこの様な場合には気にしようとも思っていないアイシスであっても、それが自身への配慮の結果である事は何となく理解しているのであった。


 ともあれ、そうして今度は仮にも主からの、自身の謝罪への赦しの言葉を賜ったタチバナであったが、その聡明さを自他共に認めている頭脳を以てしても、またしてもそれに対して即座に答えを返す事は叶わなかった。


 とはいえ、別にそのアイシスの言葉自体がタチバナにとって答え難いものであったという訳ではなく、いや厳密には多少なりそういう部分も無い事はないのだが、今回に関してはそれが主たる要因ではなく、先程と同様に様々な思考が複雑に絡まった結果がその回答の遅れに繋がっていた。


 というのも、そのアイシスの発言は一見すると何の変哲も無い、従者思いの令嬢が、或いは仲間思いの冒険者のパーティーのリーダーが、従者の、或いは仲間の謝罪を優しく赦し、寧ろその謝罪の原因となった事象に喜びさえ感じている事を明かした、という何とも平和な発言であるのだが、その心温まる一幕でさえもが、現状でのタチバナの悩みの原因の一端となっているのであった。


 尤も、言うまでもなくタチバナはその態度や内容自体を問題としている訳ではなく、寧ろその一幕での主の穏やかな表情や口調といった姿はタチバナにとっては目指すべきものというか、アイシスがそうして穏やかに居てくれるという事はタチバナの理想の一端と言っても過言ではないのだが、問題はこうして実際にそれを見せている現在の状況だった。


 則ち、確かにその穏やかなアイシスの姿はタチバナにとって、そして当人にとっても悪くはないものではあるのだが、現在はあくまでも旅の途中の一時的な休息の途中、より厳密にはそうですらない、眼前の景色と森林を抜けた安堵から偶発的に足が止まっただけという状況にもかかわらず、そのアイシスの穏やかさからは情熱というか、前に進もうという意思が欠如してしまっていると、少なくともタチバナにはそう見えているのであった。


 とはいえ、これまでの道中の経験から見ても、この景色はこうして足止めをさせる為の最後の罠だとか試練だという訳ではなく、アイシスの感受性が高過ぎた為に結果的にこの様な状況になってしまっただけである、という事はタチバナも当然理解しているのだが、何れにせよ此処で主にあまり安らいでしまわれるのも困りものである事は確かだった。


 尤も、それだけの事であるならば、別に普通にその旨を伝えれば良いだけの話であり、従者の身としてはやや言い辛いものであるとはいえ、少なくとも今のタチバナであればそれを実行する事を厭いはしないし、それを気にする様なアイシスではないという事も理解しているのだが、そこで関わって来るのが先述の「伝えるべき事柄」のもう一つ、より厳密には「伝えるべきかを悩む事柄」の一つなのであった。

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