第83部分

「……そちらこそ。最初の不意打ちで終わらせるつもりでしたが」


 黒星の反撃を許さぬ様に絶え間なく攻撃を繰り出しながら、タチバナが言葉を返す。戦闘に於いて敵との会話など不要でしかない。そう考えていたタチバナであったが、それは思わず口を衝いた言葉だった。生まれて初めて出会う、自身と同等以上の戦闘力を持つ相手への尊敬にも似た気持ちを、タチバナはそうとは知らずに感じていた。


 怒涛の連続攻撃を仕掛けるタチバナではあったが、無論その体力や肺活量が無限という訳ではない。そして攻撃を仕掛ける側とそれを避ける側では、当たらない限りは攻撃側の方がそれらの消耗は早い。だが、精神的な重圧は当然ながら一つ間違えれば即致命傷に繋がる黒星側の方が大きく、結果としては概ね互角の消耗となっていた。


 とはいえ、タチバナが呼吸等で攻めを一瞬緩める時、本来ならば黒星はそこで攻めに転じる事が出来る筈である。それをタチバナはナイフを投げる事によって防いでいたが、その残りは心許なくなってきていた。加えて、元々の戦闘センスに加えて幾多の経験を積んでいる黒星は、徐々にタチバナの戦い方を学習し始めていた。


「参ったわね」


 誰にも聞こえない声でタチバナが呟く。現在の様な戦闘能力を身に着けて以来、タチバナにとって目に映る生物とは全て、「自分がその気になれば命を奪う事が出来る相手」であった。だが、空から突然現れたこの魔族は違った。万全の奇襲によって機先を制した為に現在は自分が押してはいるが、そろそろ体力と武器の消耗が激しくなってきている。相手もそれなりに消耗はしているだろうが、種族の差から元々の体力が異なるだろう。このままでは不味いかもしれない。


 そこまで考えたタチバナは、そろそろ攻め方を変える必要があると思い始める。先程、黒星は「当たる寸前に加減するから大丈夫」という様な事を言っていたが、それは裏を返せば素手でも十分に此方を殺せる威力があるという事である。つまり、攻撃を貰えば最低でも骨折は免れないという事になる。そうなれば、アイシスの従者としての仕事を十全に果たす事は難しくなる。その為、タチバナは今までは攻撃を喰らう事が無いであろう攻め方をしていた。


 だが、このままでは体力の消耗により自身が攻めを継続出来なくなる可能性が高く、そうなればその消耗した状態で黒星の攻勢を受ける事になる。そうそう当たるつもりは無いが、少なくともその間は此方にとっては攻撃を受ける危険だけがある時間となる。そうなってしまう位であれば、その危険は攻める時に冒すべきである。


 そう考えている間もタチバナは連撃を続けていたが、ふと黒星の足が止まる。好機。そう感じたタチバナが次なる攻撃を繰り出そうとするが、その刹那後ろに飛び退く。タチバナと同様に消耗していた黒星も、やはり同様に危険を冒してタチバナの攻撃を躱すのではなく受け止め、その際に攻撃をしようとしていた。それをタチバナは寸前で察知したのだった。


 とはいえ、距離を空けてしまっては攻めに転じられる可能性がある。そう考えたタチバナが右手のナイフを投擲しようとした時だった。黒星が右手を開いて自身の前に出し、タチバナを制すると同時に口を開く。


「いや、ここまでにしよう。勝手な事を言っているのは分かっているが、この戦いは其方等にとっても無益なものであろう」


 その黒星の言葉を聞き、タチバナは素直に両手のナイフを鞘へと納める。自身がした様に不意打ちに繋げてくるという可能性も考えられたが、黒星がそれをする様な相手だとは思えなかった。結果的に相手からの攻撃は無かったとはいえ、今の今まで戦っていた相手の事をタチバナは無意識のうちに信用していた。直後には自身でもそれに気付いたタチバナだったが、態度を変える事はしなかった。


「さて、タチバナよ。真に見事な戦い振りであった。この様に血が滾る、いや凍り付くかと思う様な戦いは我の記憶にも無い程だ。得る物が無かったであろう其方等には悪いが、本当に楽しませて貰った。あの勇者とかいう童は期待外れだったが、其方は我にとって望外の相手であったと言っても良い」


 黒星が話を続けるのを、タチバナは無表情のまま黙って聞いていた。だが話の後半に出たある単語を聞いた時、僅かだがその口元が動く。


「勇者? 貴方、勇者ライトとも戦ったの?」


 戦闘が終わった事を察して二人に近付いて来ていたアイシスが黒星に尋ねる。アイシスにとっては黒星は未だ得体の知れない相手ではあったが、タチバナが信用している事をその態度から察した事で、既に十分に信用に値する相手となっていた。


「ああ。昨日の事だ。其方等とは違ってパーティの全員と同時に戦ったのだが、てんで話にもならぬ様であった。各々が魔法の使い手でもあったから多少は期待したのだが、全く統制が取れておらぬし、魔法だけにかまけておるのか身のこなしも散々であった。勇者だけは多少はましであったが、経験と訓練がまるで足りておらぬ。はっきりと言えば、タチバナよ、あの三人を合わせたとしても其方なら瞬く間に殺せてしまうだろう」


 その話を聞いてアイシスは胸がすくような思いがした。過去の話で今の自分とは関係が無いとはいえ、仮にも自身を追放した者達が痛い目に遭うのは悪くない気分であった。タチバナもそれに近い感覚を覚え、同時に思っていた。アイシスが絡むと自分は随分と感情豊かになる、と。だが、相変わらずその表情の変化には誰も気付く事は無いのであった。

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