第55部分

「成程ね。ありがとう。なかなか為になる話だったわ」


「いえ。確かに概ねの説明は致しましたが、未だ補足すべき事がいくつか残っております。……話の組み立てが下手で申し訳ございません」


 虚を衝くという戦いの極意の知識を新たに得たアイシスが話が済んだと思って礼を言うが、やや食い気味にタチバナが未だ補足があると告げて謝罪をする。それはアイシスにとって意外ではあったが、別に謝られる様な事だとは思わなかった。寧ろ未だ不十分な説明で理解した気になっていた自分を少しだけ恥じる。


「あら、そうなの? まあ気にしないで良いから、続きをお願い」


 アイシスがそう言って続きを促すとタチバナが再び口を開く。普段はもの静かなタチバナが沢山話してくれる上に様々な知識を得る事が出来る。この講義の時間はアイシスにとって非常に良い時間であった。

「かしこまりました。それでは先の説明の補足をさせて頂きます。先ず、虚を衝くのが最も大切と申し上げましたが、それはある事を前提とした上での話です。昨日の話は覚えておいででしょうか」


 その言葉を聞いてアイシスが記憶を辿る。前提と聞いて直ぐに思考を止めないという事が頭に浮かんだが、それが答えならばこのような質問をする必要は無い。そのまま少し考え込んでいたアイシスだったが、やがて答えに辿り着く。


「……分かったわ。虚を衝く事に夢中になって、相手に十分なダメージを与えられない様な攻撃をしてはいけないという事ね」


「流石はお嬢様、仰る通りでございます。攻撃の直後には大なり小なり自身に虚が生じるものですが、それを無意味な行動で生じさせてはなりません。とは言えそちらのノーラ様作のレイピアは大層な業物でございますので、多くの場合は適当に振り回すだけでも十分なダメージを与えられるかとは存じますが」


 タチバナの話は論理的かつ納得出来るものであり、本人の実力による説得力も相まってこうして話を聞いているだけで自身の戦闘技術が実際に向上しているとさえアイシスには感じられた。これだけ頼りになる仲間が最初から共に居てくれて、武器も自身でも扱える軽さかつ十分以上の性能の物を直ぐに手に入れられた。何やら運命的なものをアイシスは感じたが、自身の前世の経験からその手の存在を信じてはいなかった。だがどちらにせよ、この幸運を活かす為にも自身の努力を欠かさぬ様にしよう。アイシスがそんな事を考えているとタチバナが続けて口を開いた。


「それでは補足を続けさせて頂きます。虚を衝く、と言うと何やら変わった事をしなければいけないという様に感じられるかもしれませんが、虚を衝くというのは奇を衒うという事ではありません。例えば相手が盾を左手で持っているとすれば右手側から攻撃をする。相手が兜を被っているのならば死角となる角度から攻める。こうして上段に構えている時も、先程の様に振り下ろす以外の攻撃を意識させれば、ただ振り下ろすだけでも虚を衝く事に繋がるのです」


 そのタチバナの説明を聞いてアイシスは納得のし通しだったが、一つだけ気になった事があった。タチバナの戦闘に関する説明では妙に対人、或いは知性を持つ相手との戦闘が想定されているとアイシスには感じられた。少なくとも自身の初戦闘の相手である巨蜂には知性は感じられなかったが、所謂駆け引きの話をしているのだから当然かと深くは気にしない事にする。


「成程ね。本当に為になる話だから、聴いているだけで自分が強くなってきた気さえしてくるわね」


 アイシスが半分冗談でそう言うと、タチバナが一つ大きく息を吐いてから口を開く。


「お嬢様、そのお考えは危険でございます。どれだけ戦術や理論を学んだとしてもそれで実戦が出来るのであれば誰も苦労は致しません。……とはいえ私がこれまでにお話した事を意識していれば、一度の戦闘で得られる経験や教訓は何も知らぬままのそれよりは大きくはなるかと存じますが」


「分かってるわ、冗談よ」


 タチバナの諌言をアイシスが軽く受け流す。確かに理論を理解した所でそれを実感する為には実践が必要だとはアイシスも思ったが、タチバナを相手に訓練をしたとしてもそれが得られるとは思えなかった。アイシスにはわざと以外で自身の攻撃がタチバナに当たる場面を一切想像出来なかった為だが、寧ろ回避の訓練ならタチバナ程それに向いている相手は居ないとも思えた。タチバナならば自分のレベルに合わせた動きも出来るだろうし、いざ当たる直前で止める事も容易だろう。今後は今の様な暇な時間にはそうして貰うのも良いかもしれない。アイシスがそんな事を考えているとタチバナが再び口を開く。


「それでは最後の補足になりますが、これはある意味では最も重要なものになります。お嬢様、先程私は攻撃を受けてからずるいと言っても後の祭りだという様な事を申し上げましたが、それはあくまで相手の行動に対して、つまり攻撃を受ける側の視点での話でございます。もしお嬢様が卑怯だと思われたり、使うのに気が引ける様な事がございましたら、それを無理に使う必要はございません。……もしその様な事が必要な事態になったとしても、私が何とか致しますので。ですからお嬢様は、どうかお嬢様の思う様になさって下さい」


 タチバナが最も重要な事だと言った事でアイシスは緊張しながらその言葉を聞いていたが、やがてその胸中はタチバナへの親愛の情で溢れていった。そして自分をこれ程大切に思ってくれる従者に相応しい主になりたいと思い、その為にも先ずはこの旅を成功させて無事に魔法を習得しようと改めて決意するのであった。

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