第53部分

「ええと、戦いに於いて最も大切な事だったわね。それは……相手の攻撃を受けずに此方の攻撃を当てるという事よ」


 暫くの間考え込んでいたアイシスがタチバナの問いにそう答える。仮に相手をやっつけたとしても自分が大怪我をしてしまったら冒険は続けられないし、先に怪我をしてしまったらそもそもその後の戦闘に於いて不利になってしまう。という冒険者という自身の立場を基にした考えではあるが、それはアイシスが今までに得た知識を総動員して考えた答えだった。そのアイシスの答えを聞いてから少し間を空けてタチバナが口を開く。


「……流石はお嬢様、仰る通りでございます。確かにそれが戦いに於ける理想とも言える答えではありますが、ではその通りにしましょう、と言って出来るのかという話でもございます」


「……確かにその通りね。つまりその為の方法が貴方の問いの答えという事かしら」


 やはり正解ではなかったか。とタチバナの言葉を聞いて少々残念がったアイシスだったが、そのタチバナの言葉をヒントにして新たな答えを導き出す。経験の浅いアイシスには具体的な方法は分からずとも、タチバナの言いたい事を予測する事は出来た。


「流石のご明察でございますね。この度私が申し上げたい事は、お嬢様が仰った「相手の攻撃を受けずに此方の攻撃を当てる」という事のうち、特に「攻撃を当てる」という部分についての方法となります。そしてそれは則ち、その逆を考えれば「攻撃を受けず」の部分についての方法も分かるという事でもございます」


 そのタチバナの言葉をアイシスは心底納得しながら聞いており、その具体的な方法を早く知りたいとタチバナの話に引き込まれていた。昨日の事もそうだが、そんなに大切な事ならば先に伝えておくというのも一つの考え方ではあるとはアイシスも思ってはいた。しかしこうして私に考えさせたり、自身という保険を掛けた上での実戦を先にさせて実感と共に大切な事を教えてくれたりという方法を採っているのは私の事を考えての事であり、私が本当に大切な事をしっかりと学習する為の工夫なのだろう。アイシスはそう思った。


「それで、その方法って?」


 自身の思い込みかもしれないとしても、そのタチバナの気遣いにアイシスは嬉しさを隠し切れず、にやけを抑えられないままタチバナの話の続きを促す。主の表情の変化には当然タチバナも気付いたのだが、当の本人は気付いておらず真面目な顔で講義を聞いているつもりであった。アイシスの態度からそれを感じ取ったタチバナは気にせずに話を続ける事にする。


「はい。攻撃を当てる為の方法、そして戦闘に於いて最も大切な事、それは虚を衝くという事です」


「虚を……衝く?」


 いよいよ発表されたタチバナの答えを聞いたアイシスだったが、その反応は薄かった。無論言葉の意味が分からなかったという訳ではなく、それが何故戦闘に於いて最も大切な事とまで言われるのかをアイシスは理解する事が出来なかった。


「……此方は具体的な例を見た方が分かり易いかと存じますので、いくつか例を挙げて参ります。先ずは……そうですね、私とお嬢様が初対面かつ敵対していると仮定致しましょう」


 アイシスの反応の後、少し間を置いてタチバナが具体的な説明へと移る。そこで出された仮定はアイシスにとっては想像もしたくない事ではあったが、あくまでも講義の一環としてアイシスは素直に想像してみる。


「……それで?」


「はい。それではお嬢様、そういった状況であると仮定致しまして、私が袖からナイフを取り出して投げて来る事をご想像出来るでしょうか?」


 そのタチバナの説明はアイシスにタチバナの主張をこれ以上無い程に分かり易く理解させ、アイシスは思わずほうっと息を吐く。しかしそれは同時にアイシスにある思いを生じさせた。


「成程ね。でも、それって何だかずるくないかしら?」


 ゲームではないのだから仕方が無い、それはアイシスも理解はしていたが、やはりその思いは拭えなかった。だが無論タチバナもそういった反応は予想しており話を続ける。


「お嬢様、戦いは遊びではないのです……と申し上げたい所ですが、お嬢様のお気持ちも十分に理解出来ます。しかしたとえ一体一の正式な決闘であったとしても虚を衝く事が最も大切な事である事に変わりはございませんよ」


 いや、いくらなんでも一対一の正式な決闘で隠し武器を出すのは卑怯だろう。そうアイシスは思ったが、いくらなんでもタチバナもそういう話をする訳ではないとも思い続きを促す。


「どういう事かしら?」


「此方も具体的な例を挙げた方が分かり易いでしょう。お立ちになって少々お待ち下さい」


 タチバナがそう言って付近を見回し、何かを見付けたのか其方に歩いて行く。タチバナの言葉に従って立ち上がったアイシスはぼんやりとそれを見ていた。今は何が何やら分からないと感じているアイシスだったが、今までの流れからまた具体例を聞けば納得出来るのだろうとは予想していた。そしてその為にタチバナはどんな説明をしてくれるんだろう、と期待に胸を躍らせるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る