第25部分

「ええと……」


 ノーラの言葉に素直に応じたアイシスが腰のポーチの中をまさぐり、中にあった金貨を全て取り出す。念の為にポーチの中を覗くがそこにはもう金貨は無かった。そして掌を広げて差し出すと、その上にあった金貨は5枚だった。アイシスがタチバナに顎で合図するが、タチバナは首を横に振る。


「私は小銭位しか持っておりません」


「それじゃあ全部でこれ位ね。足りるかしら?」


 そのアイシスの問いの後、一瞬の間を置いてノーラが一口を開く。


「ああ。この後に未だ何か……大金を使う様な買い物をする予定はあるかい?」


 アイシスにはノーラの問いの意図が分からなかったが、タチバナの方に視線を向けて確認する。食べ物等を買う事は分かっていたが、どの程度のお金が掛かるかはアイシスには判断が付かなかった。それにタチバナが目を瞑って首を横に振って答える。タチバナが目を閉じている事が少し気になったアイシスだが、わざわざ尋ねたりはせずにノーラの問いに素直に答える。


「いえ、特に無いわね。それがどうかしたのかしら?」


「いや、何でもないよ。それじゃあアンタらの武器だけど、合わせて金貨5枚でどうだい? 友達価格とか言ってる割に高いとか思わないでおくれよ? そいつらに使われている鉱石は本当に貴重な物なんだからさ」


 金貨5枚。今までの買い物と比較しても大層な値段だとアイシスは感じたが、物価事情も知らぬままのアイシスでは当然ながら正しい判断をする事は出来ない。無論ノーラを疑う訳ではないが、本当にこの額を払って良いのかの判断はタチバナに委ねるしかなかった。そうしてタチバナの方を見ると、またも目を瞑ってタチバナが首を縦に振る。また? とは思ったがやはり特に尋ねたりはせず、手に持った金貨をノーラにそのまま差し出す。


「勿論、買わせて頂くわ! 貴方とタチバナが納得して選んだ物だもの。きっと良い買い物に違いないわ」


 満面の笑みを浮かべたアイシスが手持ちのほぼ全財産を武器の為に差し出す。未だ剣を扱う事に若干の不安は残っていたが、それを持てばいよいよ冒険が始まる。そう思ったアイシスは胸の高鳴りを止められなかった。


「はいよ、まいどあり! そいつらはこのノーラの自信作だからね。品質に間違いは無いけど、それでも武器は消耗品だからね。手入れとかが必要になったらいつでも持って来ておくれ。アンタらの頼みなら最優先で引き受けるよ、勿論無料でね! それじゃあ、壁のそいつらを手に取ってみておくれ」


 金貨を受け取ったノーラが威勢良く挨拶をし、今後の手入れ等も融通する事を約束する。それを聞いたアイシスはこんなに良くして貰って良いのだろうかと思いながら、自身が購入したレイピアを手に取る為に飾られている壁へと歩いて行く。その時、タチバナがすっとノーラの前に来て口を開いた。


「……よろしいのですか?」


「やっぱりお見通しかい? 良いんだよ、武具ってのはそれを一番必要としてる相手に持って貰うのが一番なんだから」


 タチバナの多くを語らぬ問いにノーラがやや小声で答える。そんな事は知らないアイシスは飾られた剣を右手で取り、軽く二、三度振った後に鞘を左手で手に取る。それを見たタチバナがアイシスの方へすっと移動しようとした時、ノーラが声を上げた。


「ああ、鞘に仕舞う時に手を切らない様に気を付けなよ!」


 突然の大声に少しだけ身体をびくっとさせたアイシスだったが、善意からの助言だと分かりその声の主に感謝する。


「ええ。わざわざありがとう!」


 そのアイシスの弾んだ声を聞いたタチバナは移動の速度を落とし、自身の新たな武器の方へと歩き出す。同じ頃、アイシスは慎重新たな相棒を鞘へと納めていた。無事に鞘に納めたは良いが、その鞘をどうすれば良いのだろう。そう思ったアイシスがそれを尋ねようとタチバナを探した時、既にタチバナは新たな武器を納めた鞘を身に着けていた。


「あ、ねえタチバナ。この鞘は何処に着ければいいのかしら? ずっと手に持っている訳ではないでしょう?」


 タチバナを見つけたアイシスがそう声を掛けると、直ぐにタチバナがすっとアイシスの前にやって来る。それを見たアイシスは、冷静に考えれば音も立てずにどうやって一瞬で此処まで移動しているのかと思ったが、深くは気にしない事にした。またアイシスには一見してタチバナが手にした筈の新たな武器を身に着けている様には見えなかったが、元々そうであったのでそれも深くは気にしなかった。


「それは……」


 タチバナが説明しながら鞘をアイシスのベルトと衣服の間に通そうとした時だった。


「これを使いな」


「えっ、何?」


 ノーラが何か金属で出来たものをタチバナへ向かって放り投げる。疑問符を浮かべるアイシスを横目にタチバナがそれを右手で受け取り、観察する。それは薄く柔らかい金属の板の様な物に金属の輪の様な物が付いた何かの金具であった。一目見て用途を察したタチバナがそれを持ってアイシスに改めて声を掛ける。


「お嬢様、少々左手をお上げになってください」


「ええ」


 アイシスが素直に従い、露わになったベルトの左側の一部にタチバナがノーラから受け取った金具の板の様な部分を巻く様にして取り付ける。


「お嬢様、その金属の輪の様な部分に鞘をお通しになってみて下さい」


 タチバナに促されるままにアイシスがレイピアの鞘を金具の輪に通すと、鞘の金属の細工の部分がかっちりと金具に嵌る。アイシスが身体を少しゆすってみたり鞘を持って軽く振っても外れる気配は無い。左手で金具を押さえて右手で鞘を持って引くと、無理のない程度の力で引き抜く事が出来た。

「サービスだよ。まあ、ベルトの寿命は縮んじまうかもしれないけどね」


 ノーラが笑顔でそう言うと、アイシスも心からの笑顔を浮かべて答える。


「ううん、どうもありがとう!」


 そう言ったアイシスが鞘を再び金具に通すときょろきょろと店内を見回す。


「鏡ならそっちだよ」


 ノーラがそう言ってカウンター近くにある鏡を指差すと、すぐにアイシスが小走りでそこへと向かう。そして鏡の前でくるくると回ったりレイピアを抜いて構えたりし始めたアイシスを見たノーラが溜め息を一つ吐いて呟いた。


「若さが眩しいねえ、まったく」


 鏡を前に戯れるアイシスをノーラとタチバナはただ見守っていた。 

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