第24部分

「それで、買うのはそのレイピアだけかい? アタシはアンタ達を気に入ったからね、他に要るものがあるならそれも含めて友達価格で売ってあげるよ」


 ノーラのその申し出を聞いたアイシスは少し悪い気がして遠慮しようとも思ったが、相手の善意からの申し出を無下にするのはそれ以上にどうかと思いお言葉に甘える事にする。そして良い機会だという事で気になっていた事をタチバナに尋ねる。


「あ、そういえばタチバナ。武器はさっきのレイピアを買うとして鎧とかは必要無いのかしら?」


 アイシスからの質問にタチバナが少しだけ考える素振りをしてから答える。


「……結論から申し上げますと不要である、という事になるかと存じます。一つ目の理由と致しまして、私やお嬢様が着用している衣服は神聖魔法による祝福が掛かっているかなり高品質の物だという事が挙げられます。流石に物理的な攻撃に対して鎧と同程度に防ぐ事が出来たりは致しませんが、それでもちょっとした衝撃を吸収したり魔力への耐性が有るといった恩恵がございます。続きまして二つ目は適性の問題、という事になります。私達の身体的な特徴や能力を鑑みる限り、鎧等を使って相手の攻撃を受け止めるよりは可能な限り身軽な状態で相手の攻撃を躱す事の方が向いているであろうと考えられるでしょう」


 タチバナの説明を受けて、アイシスは近くに飾ってあった重鎧に目をやる。確かにそれを着てまともに動く姿を想像する事がアイシスには出来なかった。


「成程ね。それじゃあ他に買う物は無いかしら……ってそういえばタチバナ、貴方の武器は?」


 そういえば自身の武器しか選んでいない事に気付いたアイシスがタチバナへと尋ねる。アイシスにはタチバナが武器を持っている様には見えなかったが、確認の意味も込めてである。


「いえ、私は既に自前の物を持っていますので」


 タチバナが即答する。その答えはアイシスにとって視覚的には意外であったが、考えてみれば護衛を兼任する従者が何も武器を持っていないとは思えなかった。きっと何処かしらに武器を隠し持っているのだろうと納得したアイシスが、ノーラに先程のレイピアを買う旨を伝えようとした時だった。


「ちょっとタチバナ! ここは遠慮する所じゃないだろう? 折角の機会なんだから是非アタシが作った物を何か持っていっておくれよ」


 ノーラがタチバナに力強く訴えかける。それを聞いたアイシスはタチバナの立場から当然考えられた筈の遠慮という可能性を看過した事に少し恥じ入りながらも同調する。


「あら、貴方遠慮していたの? 何度も言う様だけど従者にかかる経費は主が払うのが当然なのだから気にしないで良いのよ」


 二人から責められた形になったタチバナは観念した様に息を一つ吐くと売り場の方へ歩いて行く。そしてとある武器の前に辿り着くとそれを右手で指して口を開いた。


「……それでは私には此方をお願い致します」


 タチバナが選んだのは先程アイシスが持ち上げるに苦労した短剣だった。実際に苦労したアイシスはタチバナの選択に対して当然の疑問を投げかける。


「え? それってさっきのやたらと重い短剣よね。そんな物を選んでどうするの?」


 タチバナの事だから当然何か理由があるとはアイシスも思ってはいるが、それをきちんと聞いておきたかったのである。


「順を追ってご説明致します。先ず、短剣の利点とはその小振りさから来る振りの速さが挙げられます。また身のこなしの邪魔にもなり辛い為、敵の攻撃の回避や敵への接近も他の武器より有利に行う事が出来るのです。そうして敵の懐に入りさえすれば素早く致命傷を与える事が出来ます。しかし人……の様に柔らかい相手ならばそれで良いですが、外皮が頑丈な魔物等にはそうも行かない場合もあります。短剣の利点の一つはその軽さですが、その軽さ故に威力が足りない事があるのです」


「成程ね。でも、だからといって短剣を重くしてしまったら折角の利点が消えてしまうんじゃないの?」


 タチバナの説明は未だ途中であったが、アイシスが気になった所をすぐに尋ねる。アイシスがタチバナと出会って未だ一日も経っていなかったが、自分達は既に遠慮の要らない関係であるとアイシスは思っていた。


「仰る通りでございます。確かに重くする事でその速さを落としてしまえば本末転倒と言えるでしょう。しかし十分な膂力と技量を持ち、通常の短剣と変わらぬ速度で振る事が出来れば……」


「重さの利点だけを得られる、という訳ね」


 つまりタチバナは自身が持つのにも苦労した代物を十分な速度で振れるという事である。そう思うとアイシスにはタチバナが少々恐ろしくも感じられたが、その恐ろしさは頼もしさと同義であった。そうしてアイシスとタチバナが買う武器を選んだ所でノーラが商売の話を始める。


「それじゃあ話は決まったね? そいつらは二つとも貴重な鉱石を使ったものだから大層値が張るんだけど、さっきも言った通り友達価格で売ってあげるからね。それじゃあ……」


 そこまで言った所でノーラがタチバナが左腕に抱えている風呂敷に視線を向ける。既に結構な買い物をしているという事が見て取れ、持ち合わせも幾分か減っている事が予想出来た。


「……アンタ達、持ち合わせはどれくらいあるんだい?」


 商売相手の持ち合わせを聞くのは下品だとは思ったが、ノーラにとっては先に額を指定して万が一でも持ち合わせが足りないという事態の方が避けたかった。そこから更に値引くのは簡単だが、折角出来た友人に恥をかかせる位なら自身が商売の禁忌を犯す方がましなのであった。

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