第23部分

「お嬢様。そちらの剣はレイピアと言って突きを主として戦う為のものでございます。腕を伸ばして相手に向ければ彼我の距離をそれなりに長く保つ事も出来ますので、お嬢様が実際に魔法を用いて戦う場合にも役に立つ可能性が高いかと存じます」


 アイシスが自分なりに一通り試してみた後、タチバナがアイシスに助言をする。それを聞いたアイシスはいつか小説の挿絵で似たような剣を構えていたのを見た事を思い出し、見真似で構えてみる。確かこんな感じで……と記憶を頼りに少しずつ調整していく。自身の胸の高さでレイピアの柄を握り、距離を出す為に右足を前にして半身で構える。握る際の手首の向きまでは思い出せなかった為に色々な向きで実際に突き、最も突き易い形を探していく。


「こんな感じ……かしら?」


 剣が軽い事もあり、段々とその動作がアイシスの中で馴染んでいく。そういえばタチバナがこの身体は身体能力は低くないという様な事を言っていたっけ。そんな事を考えながら何度も突きを繰り出す。やっている事は物騒な事であったが、入院生活が長かった少女にとってはその運動もとても楽しいものであった。


「……お見事です、お嬢様。レイピアの扱いを知っておられたのですか? そうでなければ初めての使用としては大変上出来であるかと存じます」


「昔何かの本で見たのをたまたま思い出したのよ。まあ、貴方がそう言う位なら私の武具はこれで決まりで良いかしらね」


 タチバナの質問に、アイシスは事実を一部隠して答える。アイシスは嘘を吐くのが苦手でありかつ嫌いであったが、流石にラノベの挿絵で見た等とは言えないし言う必要も無かった。


「はい、私も賛同致します」


 アイシスの問いにタチバナが即答する。身体的にも精神的にも、少なくともこの店にある物では最もアイシスに適性があるのは間違いないという判断である。それを聞いたアイシスは正式に購入する為にレイピアを一度壁に戻す。


「ああ、私も賛成だね。そいつはハシュヴァルド家のお嬢さんの為に作った物だけど、本人が冒険を止めちまったんじゃあ……ん? どうしたんだい?」


 すると鍛冶屋の女性もアイシスがレイピアを買う事に賛成を表明する。そのまま本来の持ち主は冒険を止めたから売っても問題は無い、という事を説明しようとしていた所にアイシスがおずおずと左手を挙げる。


「ええと、私がそのハシュヴァルド家のお嬢さん、なの」


 買う事を決めた事で隠す必要も無くなった事実をアイシスが遂に明かす。すると直ぐに鍛冶屋の女性が笑い出す。


「あっはっは……いや失礼。まあ、薄々そうじゃないかとは思っていたんだよ。使用人を連れて鍛冶屋に来る女の子なんて滅多にいないしね。しかもその使用人は大層な凄腕と来てる。でもそういうのは本人が明かさない限りは暴こうとするものじゃないだろう?」


 女性は自分の正体にもタチバナの実力にも気付いていたらしい。その事実はアイシスを少なからず驚かせた。そしてそれを指摘しなかった気遣いを知り、隠していた自身を恥じる。


「あの、隠していた訳じゃないのよ。ただ……」


「いや、分かってるよ。もし他の武器を選ぶ事になったりしたら……って事だろう? その気遣いも含めてだけど……」


 そう言いながら女性がアイシスの方へと歩み寄る。言葉の内容からして何をされるという訳でもない事は分かっていたが、人付き合いの経験に乏しいアイシスは反射的に身体をびくっとさせた。


「いやあ、気に入ったよアンタ達! アタシはノーラ、アンタは?」


 鍛冶屋の女性、ノーラが自己紹介をしながらアイシスに右手を差し出す。突然の事に驚きながらも、アイシスも右手を出して応える。


「私はアイシス。……でも、何がそんなに気に入ったっていうのかしら?」


 人生で初めて交わしたかもしれない、そうアイシスが思った握手をしながら疑問点を尋ねる。自分が此処に来てから、この女性……ノーラに気に入られる様な事を何かした覚えは無かった。


「よろしくな、アイシス。で、何が気に入ったかって? だってアンタは良い所のお嬢さんなんだろう? そんな子が勇者のパーティーから追い出されたら、普通は従者と一緒に家に帰っちまうと思うじゃないか。なのに此処に武具を買いに来たって事は冒険を諦めてないって事だろう? アタシはそういう熱い奴が大好きなのさ!」


 挨拶を終えて説明に入った時点でノーラはアイシスの手を離していたが、アイシスの右手には未だその感触が残っていた。鍛冶屋らしいまめだらけのごつごつした手で、今までに経験したことが無い位に力強く握られた感触。少しだけ痛みを感じてはいたが、アイシスがそれに対して負の感情を抱く事はなかった。寧ろ今までに感じた事が無い、それ故にその名前も知らない感覚をアイシスは感じていた。その上でノーラに大層褒められ、アイシスは頬を真っ赤に染めて俯いていた。


「それにアンタ、アンタも大したもんだ! アイシスの為に屋敷での平和な生活を捨てて付いて行こうって言うんだろう? それにこれはアタシの想像だが、ハシュヴァルド家の当主の命令よりもアイシスの意思を優先しているんじゃないかい? いや、答えなくて良いよ。どちらにせよ大した忠義だ、えーっと……そうだった、アンタの名前は未だ聞いてなかったね。聞いてもいいかい?」


 今度はタチバナを褒め称したノーラが、タチバナに右手を差し出しながらその名を尋ねる。するとタチバナは自分の右手……白い手袋をした右手をじっと見つめ、それを外してゆっくりと右手を差し出す。


「……タチバナと申します」


「よろしくな、タチバナ」


 そう言いながら握手をするノーラとタチバナ。それを見たアイシスは、何故かタチバナのその姿が人生で初めてした自身のそれよりも珍しい物の様に思えたのだった。

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