第22部分

 アイシスが思わず声を漏らしたのは目に入った武具が今までに見たどれとも違うと、見た瞬間にそう感じたからであった。それは一振りの剣であったが、刀身が今までの剣よりも明らかに細身であった。そしてどれも飾り気が無かった武器達と違い一部に彩色や優美な装飾が施されている。


「そいつが気になるのかい?」


 アイシスの言葉にタチバナよりも早く反応したのは二人の買い物を邪魔をしない程度の距離で見守っていた鍛冶屋の女性であった。正確にはタチバナは未だ主の言葉の続きを待っていたのだが、アイシスとしては意外な場所から声がした為に少々の驚きを感じたのだった。


「え、ええ。何か他の武器とは違うと感じて」


 やはりこの女性は話好きなのだろうなあと思いつつ、病室で孤独に過ごした期間が長かった少女にとっては他愛ない会話ですら楽しい物であるので歓迎ではあった。


「分かるかい? そいつはアタシの最新作なんだけどね、実はあのハシュヴァルド家のお嬢さんの為に作ったのさ。お嬢さんが勇者パーティーに加入してこの街の方に向かってるっていう噂を聞いてね。これは商売のチャンスだーって息巻いて特別に作ったんだよ。秘蔵の鉱石まで使って非力なお嬢さんでも使える様にってさ。慣れてない装飾までしちゃってね。なのにさっき来た勇者君からお嬢さんはパーティーから抜けちゃったって聞いてね。やっぱりアタシには商売の才能が無いなーって思っちゃったよ。腕は自分でも良い方だと思うんだけどねえ」


 女性の言葉を聞きながらアイシスは思っていた。この世に運命というものは本当にあるのかもしれない、と。


「お嬢様、実際にお試しになってみては如何でしょう」


 アイシスが女性の言葉への反応を示す前にタチバナがそう提案する。アイシスは自分こそがそのハシュヴァルド家のお嬢さんであると白状する気であったが、その後に扱えませんでしたとなれば何だか女性に悪い気がするのでタチバナの提案は渡りに船であった。


「そうね、そうしてみようかしら」


 アイシスがそう言って壁に飾られた、自身の為に作られたという剣の柄に恐る恐る右手を伸ばす。そしてそれを力強く掴み、持ち上げる。


「か、るい?」


 それは羽の様に、という程ではなかったが先程の短剣とは比べ物にならない程に軽かった。もしかしたら普通の短剣や包丁よりも軽いかもしれない、アイシスがそう感じる位に。


「あはは、そいつはさっきも言った様に特別製でね。そいつに使われている鉱石はとある鉱脈でしか生産されない貴重な物なんだが、それからはとても軽い金属が生成出来るんだ。それでいて鋭さも丈夫さも普通の鉄より余程高い優れものだからその点も安心しておくれ。まあ、その分値段も大層張るものなんだけど……見た感じアンタも結構良い所のお嬢さんみたいだから買えない事もないだろうさ」


 女性の言葉により軽さだけでなく品質にも太鼓判を押されたアイシスは、確かにこれならば安心して扱えるかもしれないと、そう思った。しかしその表情には未だ幾許かの不安がにじみ出ている。


「お嬢様。もしかしてお嬢様は武器を持って戦うという事自体に不安を感じておられるのではありませんか?」


 図星であった。尤も、つい一日前まで平和な国で暮らしており、しかも数年間は病室で過ごしていた少女がその不安を持たない方が異常ではあるのだが。相手を武器で傷つける事に対する不安、自らの生命を脅かす敵と対峙する事への不安、刃物を取り扱う事自体への不安。アイシスが抱えたその様々な不安がタチバナに指摘された事でより鮮明になる。しかし此処でそれを認めるのはアイシスらしくはない、少女にはそう思えた。


「な、何を馬鹿な事を言っているのかしら。この私がそんな不安を――」


「良いのです、お嬢様。私は何もお嬢様が冒険者として敵と戦う事に恐れをなしていると申している訳ではございません。誰にでも、特に戦闘に於いては向き不向きというものがございますし、それを見誤れば時として生命を落とす事にも繋がりかねません。ですのでお嬢様にはご自分の戦い方を慎重に見極めて頂きたいのです。もしも武器での戦闘に不安をお感じであるならば魔法を用いて戦うという方法もございます。……私は魔法に関しては不得手でございますので偉そうに解説など出来る立場ではございませんが、仮にお嬢様が魔法の道を志すとしてもやはり武具及びその最低限の扱いは身に着けるべきであるかと存じます」


 アイシスの強がりを遮る様にタチバナが忠告をする。それを聞いたアイシスが先ず思ったのはタチバナの忠誠心の高さへの感謝と称賛であり、その後に感じたのはタチバナにも苦手な事があったのかという謎の感動であった。その後になって漸く忠告の内容について吟味したアイシスが一つの疑問点をタチバナに尋ねようとした時だった。


「まさにそのメイドさんの言う通りだよ。いざという時に呪文の詠唱なんかしてたら間に合わないかもしれないし、魔力が尽きた時に戦う手段を持っていませんでしたじゃお話にならないからね。それに弱い魔物相手にいちいち魔法で相手をしていたら魔力がいくらあっても足りないって話だよ」


 鍛冶屋の女性が口を挟んで力説した事で結果的にアイシスの疑問点は解消される。それは立場上からのセールストークだったかもしれないが、その言葉には筋が通っているとアイシスは思った。


「……という事でございます」


 その後のタチバナの発言により女性の言葉の正しさをアイシスは確信する。それならば武具は必須という事になるが……と考えながらアイシスがふと店の壁を見ると、この剣の先にはもう武器は飾られていなかった。そう言えば最新作であると女性が言っていたな、とアイシスは思った。


 そして試しもせずに買うのは有り得ないという言葉も思い出したアイシスは恐る恐る剣を振ってみる。やはりとても軽く、振り回すのに苦労はしない。やはりこの武器を購入する以外の選択肢は無さそうだ。そうアイシスは思いながらアイシスは剣を振り回すのだった。

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