第21部分

 直剣、曲刀、両手剣、直槍……壁に並ぶ様々な武具を見て来たアイシスであったが、未だにしっくり来そうだと思える物は無かった。やはり自身には武具を用いて戦闘をする事自体が向いていないのかもしれない……そう思い始めた頃、それまでとは毛色の違う武具がアイシスの目に入った。


「これなら使えるかもしれないわ。貴方はどう思う?」


 アイシスに初めてそう口にさせた武具は、一振りの片刃の短剣だった。例によって殆ど飾り気の無いシンプルな物であったが、刀身が黒く染まっているのが異彩を放っている。アイシスにはそれが少し不気味にも感じられたが、それよりもこの小ささなら扱えるかもしれないという気持ちが上回った形である。


「短剣ですか……。確かに短剣はその小振りさから取り扱い自体は他の武器よりは容易ではありますが、その小振りさ故に相手に攻撃を加える為にはかなり相手に接近する必要がございます。その為実際に戦闘にて用いる為には寧ろ他の武器よりも技術や体術、特に身のこなしが優れている必要が有る武器と言えます。護身用程度ならばそこまで考える必要はございませんが、これからお嬢様が歩く道を考えると選択は慎重に行うべきであるかと存じます。無論、お嬢様のご意思が最も優先されるべきでございますが」


 またも丁寧な説明をしてくれたタチバナにアイシスは心の中で感謝を告げる。特に戦闘の心構えというか、武器自体の取り扱いだけではなく相手とどう戦うかを考えなければならない事が分かった事はアイシスにとっては大きかった。それでも武器自体を扱えねば話にならないという事には変わりは無いが、少なくともアイシスは自身が短剣で斬りつける事が可能な距離に恐ろしい魔物が居るという状況は想像したくなかった。


「成程、私には向いていないかもしれないわね」


 いよいよ自身に使える武器が本当に見付かるのかと不安が過り始めたアイシスだったが、それを可能な限り表には出さない様に言葉を紡ぐ。


「それと……」


「それと?」


 タチバナが自身の問いへの返答や忠告以外で話す事が珍しく感じた為にアイシスがついオウム返しの様に聞き返す。


「恐らくですが、その短剣はお嬢様が扱うのは難しいかと。宜しければ試しにお持ちになってみて下さい」


 タチバナが無表情で淡々と答えるが、その内容が普段と少し違う様にアイシスは感じた。この鍛冶屋に入ってからも微かにそう感じていたが、もしかしたらタチバナは武具……特に短剣に何か思い入れが有るのかもしれない。そう思ったからという訳ではないが、アイシスはタチバナの提案に素直に従って壁の短剣へと手を伸ばす。


「この短剣が何か……おっ、もい?」


 しかしアイシスが最初に力を入れた段階では短剣が壁から外れる事はなかった。それは決して持ち上げる事が出来ないという程の重さではなかったが、アイシスがその形状から予想した重量よりも遥かに重かったのである。まるでダンベルを持ち上げている様でアイシスにはとても戦闘に用いる事など出来そうになかった。


「お分かりになりましたでしょうか。……ご無理をなさらず壁にお戻しになって下さい」


 タチバナの言に従いアイシスが素直に短剣を壁に戻す。腕が少し疲れたが、主人に対してこんな悪戯めいた事をするというタチバナの知らなかった一面を見る事が出来たアイシスは上機嫌になっていた。


「その刀身の色から予想はしておりましたが、やはりその短剣は世界でも珍しい高密度な鉱石から作られている物のようですね。今実際にお嬢様がお感じになられた通りとても重いので、不躾ながらお嬢様には扱うのは難しいと申し上げさせて頂いた所存でございます」


 タチバナの言葉を聞き、やはりタチバナは何か短剣に思い入れでもあるのだろうか、とアイシスは思った。ここまでのタチバナの言葉には全て筋が通っていたが、他の武器であれば恐らく一回目の発言の時点で全てを語っていた。もしくは扱いが難しいと言った時点で話を終えていたであろう。そう感じたアイシスだったが、それを指摘する事はしなかった。主人に「お前はナイフが好きなんだろう?」 と問われて良い思いをする人間は居ないだろうという考えからである。


 大切な仲間の事を更に知る事が出来て上機嫌になったアイシスではあったが、やはり自分に扱える武器が見付かるのかという不安は未だ消えていなかった。それからもいくつかの武器を見たが、未だしっくり来そうな物は見付からない。というのも飾られている武器の殆どは剣であり、その意匠等に差はあれど扱いには大きな差は無いからである。短剣よりは相手との距離を取る事は出来るだろうが、その重さは長さもあいまって短剣の比ではない。それを力強く振り回す姿をアイシスにはどうしても想像する事が出来なかった。そうして更に不安が増しつつあったアイシスが店内を更に歩き、飾られたある武具が目に入った時であった。


「これは……」

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