第20部分

「ほぉー、大した目利きだねぇ、アンタ」


 鍛冶屋の女性がタチバナの眼識を称賛する。「恐縮です」そう答えようとしたタチバナだったが、女性がそのまま言葉を続けた為にそれを飲み込んで聞く事に徹する。


「それに比べてちょっと前に来た娘達と来たら。勇者のパーティーだか何だか知らないけどさ、女の癖に鍛冶屋なんて野蛮だのなんだのとずけずけと。武器も魔法のが便利なのに高過ぎるとかなんとか……。勇者君本人は礼儀正しくはあったけど、女の子達を全然御し切れていなくてさ。あんなんで大丈夫なのかね? おっと、すまない。つい愚痴ってしまったよ。お客さんに聞かせる事じゃなかったね。まあ、アンタの目利きなら安心だ。ゆっくりと見てっておくれ」


 勇者のパーティも此処を訪れていた事が女性の言葉から明かされる。タチバナが何か言いたげにアイシスを見つめるが、その時アイシスが考えていたのは「この人は随分と話好きなんだなあ」という事だった。そして直ぐにタチバナの視線に気付いたアイシスは従者を安心させる為に言葉を紡ぐ。


「私には関係無い事よ」


 鍛冶屋の女性には聞こえない程度の声でそう呟くが、本当に自分には関係が無いとアイシスは思っていた。自分がこの世界に来る前の事は気にしても仕方が無いし、自分が知らない相手から追放された事も同様である。無論、彼らのその後の事もそうであるが、心優しいアイシスはその無事を祈るくらいには思っていた。


「……かしこまりました。それではお嬢様の使用される武具を選んで参りましょう」


 アイシスの無関心そのものと言える表情から強がりを言っている訳ではないと判断したタチバナが話を変え、本来の目的を果たす事にする。だがそう言われてもアイシスには選び様が無かった。戦闘や喧嘩はおろか前世では碌に運動すらしていなかった自分である。剣や槍を振り回す話を小説で読んだ事くらいはあるが、あれらはフィクションであり実際に自分が武具を使用する事の参考になるとは思えなかった。


「そう難しくお考えにならずとも宜しいかと。先ずは一つ一つの武具を眺めて参りましょう。その中にお嬢様が『これだ』と思われた物があれば、実際に少しお試しになってみるのが宜しいかと存じます。無論、ご質問がございましたら都度お答え致しますので何なりとお申し付けください。ご店主、商品に触れさせて頂いても宜しいでしょうか」


 アイシスの表情から不安を感じ取ったタチバナがそれを解消すべく語り掛ける。自分の意見を押し付けるのではなくあくまでもアイシスに選んで貰おう。そしてその助けになる事は何でもしようという意思を込めたその言葉は、実際にアイシスの不安を随分と和らげた。


「ああ、勿論構わないよ。……というか実際に試しもしないで武器を買うとか買わないとか決めるなんてあり得ないだろう? そうだよあの勇者パーティーの娘達と来たら……コホン。ああ、またやっちまった。気にしないでおくれ」


 そして鍛冶屋の女性がタチバナの問いに答えた際の言動もアイシスの不安の緩和には随分と役立った。無論、女性本人にそのつもりは特に無かったが。


「分かったわ。それじゃあタチバナ、案内をお願い」


 礼も言わず、敬語も使わずにアイシスが言う。以前のアイシスならば気が咎めていただろうが、今のアイシスはそうはならなかった。タチバナはその両方を求めていないであろう事がアイシスにも分かってきたからである。無論、自身が本当に言いたい時には言うつもりではあるが。


「かしこまりました。ではお嬢様、此方へ」


 そう言ったタチバナがアイシスを武器が壁に飾られている売り場へ案内する。商品はどれも一定以上の品質であるとはいえ、主の安全面や自分達の財政状況から考えても廉価品を選ぶ意義は無いだろうとの判断によるものであった。


 そうして先ずアイシスが目にしたのは一振りの両刃の直剣だった。鞘と一組で壁に飾られたそれには飾り気が一切無かったが、アイシスはそれを美しいと感じた。少女が元居た世界では武器とは基本的に同じ人間を殺傷する為の物であったが、この世界では魔物と戦い人を助ける為の物であるという事が彼女にそう感じさせたのかもしれなかった。尤も、この世界でも人に向けられないとは限らないのだが、善良な心を持ったアイシスはそれを想像する事は無かった。しかし美しいとは思ったものの、アイシスには自身がこれを使って魔物と戦う場面は想像出来ず、次の武器へと向かう。


 その後も何本もの剣を見たが、やはりどれも自分には合いそうもない。そう感じていたアイシスが次に目にしたのは自身の背丈よりも長い一本の槍だった。これまでの剣達もそれぞれ違った形をしていたがそうであったように、この槍も一切の装飾が無い実直な物だった。


「タチバナ、これは敵を突いて戦う物よね?」


 少女が既読の小説では主人公等が剣を使う物語は多かったが、槍を用いるものは少なかった。それにより剣の使い方は何となく分かっていたアイシスだったが、槍はそうでもなかったので素直にタチバナへと尋ねる。


「はい、基本的にはその通りでございます。その長さ故に彼我の距離を保てるのが利点の武器だと言えるでしょう。無論振り回す様に使う事も可能でその場合はかなり広範囲を殺傷圏に収める事が出来ますが、そういう使い方の場合はかなりの筋力が必要になるでしょう。それでなくてもその長さ故にかなりの重さでございますから」


「成程ね」


 タチバナの説明を聞いたアイシスが即答する。自身には使えない、それを心から理解したからこその即答であった。

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