第14部分

「冒険者になるのに必要なのはその実力のみです。人間の生活圏の外……少々長いので俗に圏外と呼ぶ事もありますが、そこで自身や仲間の身を守る事が出来る実力。そして何らかの収穫を手にして無事に帰還する事が出来るだけの実力。極論、それさえあればもう冒険者を名乗る事は出来てしまいます」


 タチバナが淡々と説明し、それを聞いたアイシスが自身の持っていた勝手なイメージとの差を頭の中で修正していく。所謂冒険者ギルドの様な所で登録して証明書を貰ったり〇〇ランクの冒険者だのパーティーだのという事はこの世界では無いらしいと。


「成程ね。それで、極論を言わなければ他に何が必要なのかしら?」


 先程冒険者になる事を勧めて来たからには実力については、少なくともタチバナに関しては問題が無い筈である。つまりこう尋ねれば実際に必要な事や物についての答えが得られるだろう。そういう思考を経たアイシスがタチバナに尋ねる。


「先ずはそれなりの装備や道具類が必要です。野宿をする事も多いのでテントや毛布は勿論の事、水筒や現地調達した食材を調理する為の道具も必須と言って良いでしょう。怪我に備えた包帯や薬草に日持ちする食料……当然ながら武器も必要ですね。後は地図や方位を確認する為の磁石等々……お嬢様も既にいくつかはお持ちでしょうが、未だ足りていない物も多いかと存じます」


 相変わらず淡々としたタチバナの説明を聞いたアイシスは思った。異世界に転生したと言っても案外現実的なのだなあと。流行りの話ではあまりこういう所は描写されていないイメージをアイシスは持っていたが、単に物語の本質に関係が無い部分は描写が省略されているだけなのだろう。と心の中で納得したアイシスが説明の途中で一呼吸置いているタチバナに問い掛ける。


「まあ、前の旅の時は細かい所は他の人に任せていたから、そうかもしれないわね。それで、道具や装備以外にも必要な物があるのでしょう」


 自身の知らない記憶をさも知っているかの様に話す事にもアイシスは少々慣れて来ており、今までに得た情報からそう事実と異なっていないだろうと考えられる事ならば、最早事実として話す様なものだった。


「はい。此方は実力に含まれると言えばそうなのですが、腕が立つだけでは駄目という意味で分けて説明させて頂きます。実力や装備の他に必要な物、それは知識です。地理の知識は行軍や採取を効率的にしますし、道具等の知識は装備の過不足を無くするでしょう。魔物の知識は戦闘すべきか否かの判断を助け、相場の知識が無くては折角の貴重品を二束三文で売り払う事になりかねません。特に継続的に冒険者として活動するならば十分な知識は必要不可欠と言って良いものなのです」


 タチバナが無表情のまま淡々と説明を終える。それを聞いたアイシスはそれが自身にとって最も足りない物であるという事は無論自覚していたが、その心に不安は無かった。


「……それで、まあ装備類はこれから揃えるとして、私はどうかしら。必要な実力と知識は備わっていると思う?」


 答えはアイシス自身にも分かっているが敢えてタチバナに尋ねる。この博識かつ信頼出来る仲間から自身に対する評を聞いて置くのは今後を考える上で役に立つだろう、という考えに基づいて。


「……失礼ながら。現在の所知識は壊滅的であると言わざるを得ません。実力については……身体能力は屋敷での幼少時からの訓練のお陰で同年代の一般的な女性よりはかなり優れていると思われます。しかし同条件の男性と比べても優れているという程ではありませんし、実際の戦闘や冒険の経験には乏しいと言えるでしょう。聡明さという点ではかなり優れていると思いますが、知識が無ければそれを活かす事も難しいでしょう。総合的に言えば現在のお嬢様では冒険に出るのは危険であると言えます」


 タチバナの口から告げられたのはアイシスにとって予想通りの答えであったが、予想外の話も聞く事が出来た。特に身体能力がそれなりにあるという事は生前の自身から考えれば望外とも言える程の僥倖であった。


「流石の慧眼と言った所かしらね。……壊滅的は言い過ぎだと思うけれど。それで、続きがあるのでしょう」


 実際には本当に壊滅的だと思っているアイシスだったが、一応の反論を混ぜてタチバナの自身の評に対して答えを返す。


「……失礼致しました。確かにお嬢様お一人では冒険に出るのは危険だと思われますが、どうかご安心ください。私はこう見えても腕は立つ方だと自負しておりますし、少なくともこの付近で冒険者として活動するには十分な知識も備えております。私がお嬢様を守り、そしてお導きさせて頂きます。その中でお嬢様は徐々に冒険者として必要な実力、技能、そして知識を身に着けて頂けば良いのです。聡明なお嬢様ならばそう難しい事でもないでしょう。ですが私はあくまでもお嬢様の従者、お嬢様のご意思に基づいて冒険をなさってください。私はそれを傍で支えさせて頂きます」


 ある程度予想していたとは言え、タチバナの言葉にアイシスは甚く感動を覚える。出会ってからの経験から推測出来るタチバナの性格からして自身の能力については客観的な事実を述べているだけなのだろうが、それでもこうも言い切るのには相当な自信が要るだろう。それだけの能力を持ちながら何故使用人という仕事を選んでいるのかは疑問だが、本人の意思で自身の冒険を支えてくれると言うタチバナの言葉に。そして自身が心から頼れる相手が傍に居てくれるという事実にアイシスは感動の涙を流してしまいそうになる。だが彼女はにやりと笑い、私の使用人なのだから当然の事よね、と心の中で呟くのだった。

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