第15部分

「ありがとう、タチバナ。それじゃあ先ずは装備類を揃えに行きましょうか」


 涙と感動を抑えたアイシスが次にすべきだと思われる事を提案する。実を言えば自身の現在の装備すら把握していないアイシスではあるが、それが十分でないという事は先程のタチバナの説明によりはっきりと分かっているのだった。


「かしこまりました。幸い……かどうかは考え方次第ではございますが、お嬢様が早い段階で勇者様のパーティーを追放されてしまいましたので、未だ結構な財産をお嬢様はお持ちのままでございます。先程拝見させて頂いた限りお嬢様の装備には不足している物も多いですが、それら全てを揃えてもいざという時の蓄えは残せると思われます。先ずは……いえ、歩きながら必要な物がある店を探していきましょう」


 恐らくは実際に幸いだったのだろう。タチバナの言葉を聞いてアイシスはそう思った。自身を追放したい程に嫌っている人と旅を続けるというのはお互いにとって良い事ではないし、お陰でこの素晴らしく有能、かつとても優しい仲間と共に冒険を始める事が出来るのだから、とも。


 タチバナの言葉を合図に二人は漸く骨董品屋の前から歩き出す。そこでアイシスはこの骨董品屋が随分と辺鄙な場所に在った事に気付いた。先程は声に導かれながらの移動で周囲に気を配れていなかったが、タチバナから見れば結構な奇行に見えていた筈である。それでも黙って付いて来てくれた事にアイシスは心の中で感謝する。


 見知らぬ土地どころか見知らぬ世界を歩くアイシスにとっては目に映る民家ですら興味の対象である。常にきょろきょろと周りを見渡しながら歩き、特に物珍しいと思った物は注視する。そんな主人の行動を、タチバナはただ見つめながら歩いていた。


「あら、此処は何のお店かしら」


 暫く道沿いを歩いていた時、何かの看板を掲げた建物を前にしたアイシスが呟く。看板には三角形の何かと別の細かい物が描かれていたが、アイシスにはそれが何かは直感的には分からなかった。


「此処は雑貨店ですね。此処でなら不足している装備類の内、結構な物を揃える事が出来るので入りましょうか。先ずはお嬢様がお気に召された物がございましたら仰って下さい。予算や品質と照らし合わせて問題が有れば申し上げますので。ああ、荷物は私がお持ちしますのでご心配は不要です」


「分かったわ。貴方も何か欲しい物があったら遠慮なく言いなさい。……冒険に必要な物以外でも、という意味よ」


 タチバナがあまりにも至れり尽くせりな存在である為に、せめてもの礼という意味を込めてアイシスが言う。その直後、雑貨店で言う事でもなかったかもしれないと思ったアイシスだったが、直ぐにタチバナなら実用的な品を好む気がして別に良いかと思うのだった。


「……かしこまりました。もしそういった物があれば申し上げさせて頂きます」


 概ね予想通りのタチバナの返事に微笑みを浮かべたアイシスが店内へと足を踏み入れる。先ずその目に飛び込んで来たのは見本として組み立てられたテントだった。軽く感嘆の声を漏らしながら、看板に描かれていたのはこれだったのかと納得するアイシス。タチバナが言っていた必要な物の中にはこれが含まれていた筈、と先ずはテントを選ぶ事にする。二人が寝られる位の大きさであると思しき物の辺りを物色し、ある一つに目を付ける。


「ねえタチバナ、これなんてどうかしら。可愛くて良いと思うのだけど」


 アイシスが指差したのはピンク色の派手なテントだった。年頃の少女の感性としては決しておかしな事ではないが、問われた当のタチバナはまた溜め息を一つ吐くのだった。


「お嬢様。テントを張るという事は基本的に眠る時という事になります。夜間であれば色によってそこまで差が無いと思われるかもしれませんが、魔物や獣の中には夜目が利くものも少なくありません。それらの注意を無駄に引かない為にもあまり派手な物は避けた方が宜しいかと」


 善意からの発言とは本人にも分かってはいるものの、気に入った物を即座に否定されたアイシスはタチバナの事を少しだけ口うるさいお姉さんだと感じる。尤もその直後にはそれが寧ろ嬉しく感じたのだが。


 しかし、これでもタチバナは「周囲の環境に溶け込む保護色の物が良い」とか「少し値が張ってでも祝福を受けた物の方が良い」等の事は伏せており、主人の意思を出来るだけ尊重しようとしていた。その判断は「足りない分は自身が補えば良い」という考えに基づいており、アイシスは知る由も無いがタチバナは此処でも自身の能力への自信を覗かせていた。


「成程ね。……なら何でこんな物が売っているのかという話な気もするけれど。まあ良いわ、それなら……これはどう?」


 まあ都市の付近での普通のキャンプとかに使うのかな、と自身の疑問に内心で答えを出しながらアイシスが選んだのは暗めの緑色をしたこのコーナーでも屈指の高級品だった。これから冒険者として生きていくのであれば道具には拘った方が良いという考えと、最初から持ってるお金を残しておくのは何となく狡いという感覚に基づいた判断だったが、奇しくもタチバナの考えに完全に合致した物であった。


「流石はお嬢様、素晴らしい目利きですね。私もそれで宜しいかと存じます」


 いつもの通りに淡々と答えるタチバナ。偶然とはいえ主人が自身と同じ物を選んだ事に内心は少々驚いていたが、それを一切表情に出す事は無いのであった。

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