第3部分

 青年――勇者ライトと名乗った――から発せられたのは突然のパーティーからの追放、或いは除名宣言であった。本来のアイシスにとってみれば衝撃的な一言だったかもしれないが、今のアイシスにとっては寝耳に水どころの話ではない。初対面の人間に自分が所属した覚えすらない団体から抜けてくれと頼まれる。それに対してどう反応すべきなのかが人生の大半をベッドで過ごして来た少女には分からなかった。結果としてアイシスは何も言わずに立ち尽くす事になる。


「あの、アイシス? どうしたんだい黙ってしまって。やはり突然過ぎたのかな」


 恐らく貴方が思う何倍も突然である、とアイシスは思った。しかしこのまま黙っていては何かの疑いが掛けられる可能性が有る。転生者だとバレてしまえばどういう目に遭うかは分からないし、そもそも信じて貰えずに精神病院の類に収監されてしまうかもしれない。この世界の法律や社会通念等、兎に角情報が足りない現状ではこの状況を穏便に済ませる必要が有る。そういう思考を辿ったアイシスに一つの妙案が浮かんだ。


「……理由を聞かせて貰えるかしら」


 これで会話は取り敢えず成り立つ上、少なくともこの件に関係する情報は手に入れる事が出来る。同世代の人間が運動や遊び等に費やす時間も常に読書をして来た結果、少女には高い思考能力が備わっていた。尤も、実際の人間との交流が不足している為、自身の試行が上手く行くかは本人にも分かってはいないのだが。


「まあ、当然の反応だよね。先に断って置くけど僕自身は君に対して不満が有る訳じゃない。でも彼女達……エイミーとユキが君の我儘にもう我慢出来ないと言って来てね。君をパーティーから追放しなければ自分たちが抜けると言い出したんだ。君の……正確に言えばハシュヴァルド家の財力で旅を支えて貰っていたのに不義理となってしまって申し訳無いんだけれど、彼女達は戦力としてパーティーには必須なんだ。だから、その……分かって貰えると嬉しい」


 アイシスの思惑通り、ライトが新たな情報が多数含まれた返答をする。自身の家名、『彼女達』の名、そして元のアイシスの性格と役割。貴重な情報を多数提供してくれたライトに対しアイシスは深々とお礼をしたい所であったが、元のアイシスの性格を考えるとそれは出来ないと断念する。更に多くの情報を求めて話を続けたいとも思ったが、これ以上はボロが出てしまう可能性も考えてこちらも諦める事にする。結果、彼女の返答はこうなった。


「お話は十分に分かりましたわ。そういう理由があるのでしたら仕方が有りませんものね。ではご機嫌よう、勇者様。貴方の旅の目的が成就される事を願っておりますわ」


 断片的にだが把握している元のアイシスの性格を考慮して我儘な令嬢の嫌味な発言を演出つつ、自身の思いを不足無く伝えた完璧な回答である、とアイシスは思った。実際の所、勇者ライトにとってこの返答はアイシスからの返答として大きな違和感の有るものではなかった。少女は他人との交流が少なかったが、読書に付随して登場人物に成り切って妄想するという趣味が有り、それが功を奏したという訳である。元々内向的だった少女がこう成りたいと思っていた性格に近かったという事も幸運だったと言えるだろう。


「うん、今まで本当にありがとう。その、追放した僕が言うのもおこがましいかもしれないが、君のこれからの人生が素晴らしい物になる事を祈っているよ。さようなら、アイシス」


 そう言ってライトが振り返り、そして去って行く。歯の浮くような台詞に自身も言っていたが追放した側とは思えない言葉だったが恐らくは本心なのだろうとアイシスは思った。勇者と呼ばれるだけあって善人なのだろう、と。だが所詮彼女にとっては初対面の相手であり、大した感慨が湧く事もなくアイシスは部屋へと戻る。そしてベッドまで歩くと腰を下ろした。


「ふう、どうにか疑われずに済んだ様ね。新たな情報も含めて改めて状況を整理してみましょう」


 そう独り言ちるアイシス。生前も推理小説等を読んで考えを整理する際にはよくこうしていた。口に出した方が考えを整理し易い。以前にその独り言を指摘された時、少女はそう答えたのだった。


「先ず、この世界での私の名はアイシス・ハシュヴァルド。ミドルネームが有ったりするかもしれないしもしかしたらアイシスは愛称かもしれない。それに姓名の順序も違うかもしれないけれど、取り敢えず名無しは卒業ね。そして此処はどうやら宿の様ね。妙に豪華だとは思っていたけど先程の話から察するにどうやら私は貴族かそれに近い存在のご令嬢という事の様だわ。勇者のパーティーを財力で支えていたけれど我儘が過ぎて仲間に愛想を尽かされてしまったみたい。でも正直に言って助かったわね。この状況で魔王討伐の旅に同行するなんて事になったら……想像するのも恐ろしいわ」


「そしてこの世界。少なくとも機械が発達した文明ではない事と、言語が私の前世……と言っていいのかしら? まあそれと共通である様ね。もしかしたらこの身体の脳に有る知識で同じ様に理解出来ている、とかも考えられるけれど、まあ話せるなら同じ事よね。後は少なくとも勇者が存在して、それがパーティーを組んで旅をする必要が有るという事も確かね。魔王か、それに近い敵が居るという事かしら。総合してよくある中世ファンタジーの世界、と言った感じかしらね」


 其処まで口にした所で再び室内にノックの音が響いた。まったく、このアイシスという少女は随分と人気のある事だ。そう思いながらアイシスは立ち上がり扉へと歩き出す。先程よりは遥かに多くの情報を得た為かその胸中の不安は小さく、その足取りは先程より確かなものだった。

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