9

動物園から出ると、辺りは暗くなっていた。二人は上野駅から山手線に乗り、池袋駅に向かった。

二人は池袋駅の北口から出ようとしたが、北口は全く見当たらなかった。見当違いの場所を散々うろうろした挙げ句、ナギはよそ見をして人とぶつかってしまった。


「おい、てめぇ!」

その人は見るからに気が荒そうな男性で、漁師よりさらにガタイが良かった。男性はナギに掴みかかろうとしたが、隣にニノがいることに気づくと青くなった。

「おい、おっさん」

ニノはそう凄むと、男性の襟首を掴み、片手で宙に持ち上げ、そのまま落とした。男性は尻餅をつき、その場にへたり込んだ。


「行こう」

ニノは言った。


駅員に話を聞くと、池袋駅の北口は、西口(北)に名称が変更されていたことが分かった。駅員の案内通りに通路を進んで、二人はようやく駅から出ることができた。


池袋駅の北側は、中華系の飲食店でいっぱいだった。これもニノの趣味だった。ナギは、『ブレードランナー』で見た町の風景を思い出していた。そこかしこに漢字だらけの看板が光って、不思議な魔力で二人を誘っていた。


「漢字ばっかりで意味わかんない。あたし、中国に生まれなくて良かった〜」


そう言いながらも、ニノは看板の一つに惹かれたようだった。


「これは、四川系のお店……だな」

「火?これってなに?」

「これはヒナベって読むんだと思う。辛そうだな」

「え〜っ、辛いの?あたし、食べてみたい!」


二人が選んだのは、知音食堂という、雑居ビルの地下一階にある四川料理店だった。二人はおそるおそる階段を降りた。下に向かうにつれて香辛料の香りが強くなった。扉をそっと開けると、提灯のようなものがたくさんぶら下がっているのが見えた。店内は、黒と赤を基調とした、シックな中華系の造りになっていた。二人は席についた。


「あたし、これ食べてみたい!」

ニノは麻婆豆腐を指さした。


「僕はこの担々麺ってやつを食べてみたいな」

二人は麻婆豆腐と担々麺を半分ずつ分け合って、回し食いし始めた。


「なんだ、このぐらいの辛さなら余裕だな」

そう言っていたニノの顔は、どんどん赤くなっていった。

「辛い……辛すぎる……」

ニノは涙目になっていた。

「そうか?僕は平気だけどな」

「もう食べられない……ナギ、全部食べて!」


結局、ナギが1.5人分ぐらい食べたので、彼のお腹ははち切れそうだった。


「あたし、四川料理屋さんにはもう行かない!」

「お前が行きたいって言ったんじゃん……」

「ところで、今日はどこに泊まる……?」

「あたし、あのお城がいいな〜」

「じゃあ、西川口に戻るか……」


二人は来た道を戻り、再び同じラブホに入った。相変わらずフロントには誰もいなかった。二人は昨日と同じように裸になって、抱き合って眠った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る