3

「あの漁師、超ムカつくぜ〜」

「風刺みたいにあたしを指名しやがってよ〜」

ニノは風刺という言葉の使い方を間違えていたが、ナギは今はそれを指摘しないことにした。


昼休みになると彼らは机をくっつけて、弁当を広げて話した。それは彼らにとって、小学生の頃から変わらない光景だった。彼らは基本的に、いつも二人きりで行動した。


「次の授業ってなんだったっけ」

「国語」

「嫌だなぁ。あたし、未だに漢字が分かんないもん」

「でも、少しずつ覚えてるじゃん」

「えへへ」

「ねぇ。今日も勉強教えてね」

「うん」


彼らは学校が終わると、山道を下ってナギの家に向かった。森林特有の、霧のような匂いが辺りに立ち込めていた。ニノはその匂いを嗅ぐと、野山を走り回りたくなった。


「ただいま〜」

「あら、おかえり。ニノちゃんも一緒?」

「うん」


二人はリビングの机に向き合って座った。机の上には食器やら酒瓶やら文房具やらが乱雑に置かれていた。ナギの母親はそれらをどけて、二人にカルピスを出した。


「それで、地球の内部が動いていて……」

「え〜っ!地面って動いてたのか!」

「そう。大陸が動くんだ」

「大陸ってなんだったっけ?」


ナギは根気強く、ニノに様々なことを教えた。ニノの目は、学校とは違いキラキラと輝いていた。簡単な言葉でゆっくり教えれば、ニノは少しずつだが勉学を理解することを、ナギは知っていた。


「それにしても、お前んち、本がたくさんあるなぁ」

「だいたいは僕のだけどね」

「おっ、これなんか平仮名ばっかりだし、あたしにも読めそうだな」


ニノが手に取ったのは、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』だった。ナギは、内容がセンシティブな気がして、ニノからその本を取り上げた。


「なんだよ〜、ケチ〜」

「これは親父の遺品なんだ。汚されると困るから、触るんじゃない」

「えっ……ごめん……」

「……いいよ。それより、大陸移動説の続き」


ナギは大陸移動説について、ゆっくりとニノに解説した。


ニノの顔を隣で見ていたナギは、ニノの顔の横のふさふさが窓から差し込む西日を含んで、うっすら金色に光っているのに気づいた。ナギはそれで、廃舎でのニノの裸を思い出してしまった。ナギは顔が赤くなるのを感じた。

やがて日が傾き、辺りが少しずつ暗くなってきた。


「今日はここまでだな」

「ありがとう。面白かったよ」

「じゃあね。明日も学校で会おうね」

「うん」


ニノが帰ると、ナギの母がやってきた。母の顔は、薄暮の中でいっそう薄暗く見えた。やがて母は口を開いた。


「ニノちゃんに付き合うのは、もうやめたら?」

「ナギの時間が無駄になるだけよ」

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