思わぬ再会

「大分なりましたね」


 風呂で全身をくまなく洗われ、化粧を施されてドレスを着用する。


「……」


 大きな化粧台の前で文字通り「変身した」姿を見たローニャは言葉を失った。


「私じゃないみたい……ですね」


 髪を結いあげられて美しい髪飾りを着ける。いつもひとくくりにしていた髪は丁寧に洗われて香りの良い油を揉みこみ見違えるような輝きを放っている。

 ミーナはローニャを見て王族が着るような派手なドレスではないが、十五歳という若さを活かしながらもちゃんとした淑女に見えるような整ったドレスを見繕った。

 可愛らしさを前面に出したデザインではなく、どこか知性を感じさせるような締まったデザインだ。田舎娘であるローニャを「優秀賞を獲った画家」に見せるための策だった。


「貴女の出自は王族の方々の耳にも入っているので恐らくマナーでどうこう言われることはないでしょう。しかし出来るだけ失礼の無いようになさってください」

「はい」


 絵画大会の応募の際に書いた申込書類からローニャがどういう人物なのか調べたのだろう。国王に謁見するのだから不審人物でないか確かめる必要があったのだ。


 時間が来て大広間へ案内される。広間には他の受賞者が大勢おり、「自分だけでは無かったのだ」とホッとするような残念なような、なんとも言い難い気持ちになった。


(あの方が国王陛下)


 広間のひと際高い位置に立派な玉座が据えられている。そこに座っている威厳ある男性が国を統べる国王だということは誰の目にも明らかだった。

 その横には立派な服を着た男性や美しいドレスを身に纏った女性達が並んでいる。


(王族の方かしら)


 受賞者が集まっている場所の左右には貴族と思わしき人々が立っている。となれば、王の横に立つのはその家族だろう。


「では、これから国王陛下誕生記念祭にかかる絵画大会の表彰式を開始する」


 司会を務める男性が表彰式の趣旨を説明し始めた。なんでも、この度の絵画大会は芸術を愛した国王の母を偲ぶ意味も込めて開催された物であり、作品の作者の名を伏せた状態で王家の人々が選んだものに賞が与えられたそうだ。

 身分や出自に関わらず全ての国民が参加出来るようにし、埋もれていた才能を発掘して国の芸術振興に寄与して欲しいという意図もあるらしい。


(では、私の作品も王族の方が選んで下さったということ?)


 そう考えるとなんだか大層な出来事のように思えてくる。いや、実際これでもない位名誉なことなのだ。

 受賞作品を選んだ王族が直接表彰状と記念品、そして賞金を手渡していく。一人ずつ名前を呼ばれて嬉しそうに王族達と言葉を交わしている他の受賞者を眺めながら、ローニャはまるで夢の中にいるような気持ちになっていた。


(なんて素晴らしいステンドグラスなんでしょう……)


 玉座の背面には天井まで届かんとする巨大なステンドグラスが聳え立っている。ローニャが教会で見たステンドグラスよりもずっと大きく細かな造形で描かれた女神の絵だ。ステンドグラスを通して降り注ぐ色とりどりの光が玉座を照らす様は形容しがたいほど美しく、思わずうっとりと見とれてしまうほどだった。


「……ニャ。ローニャ・リッジ!」


 前方から自分の名を呼ぶ声がして我に返る。どうやら順番が回ってきたようだ。


「は、はい!」


 慌てて前方へ転がり出るとローニャの絵を選出した王族が立っているのが見える。その人物の顔を見上げた時、ローニャは大きく目を見開いた。


「天使様」


 一瞬で目に焼き付いて離れなかったあの美しい顔が目の前にあったからである。


「天使?」

「あっ、いえ……」


 不思議そうな顔をする「天使」を前にローニャは恥ずかしそうに俯く。穴があったら入りたいとはこのことだ。


「どこかで見た顔だと思ったら、そうか。君は収穫祭の時の」


 男性はローニャのことを思い出したようだ。ローニャにとってこれは想定外の出来事であった。


(よりのもよってを……!)


 寝る間も惜しんで描いた「天使」の肖像、それをまさか本人に見られていたとは。恥ずかしくて顔から火が出そうな思いである。


「ああああああの……申し訳ありません……」


 消え入りそうな声で謝るローニャに男性は柔らかな笑みを浮かべる。


「何故謝る。あれは良い画だ。父上も絶賛していたぞ」

「国王陛下が?」

「ああ。他の絵にはない透明感が素晴らしい。どうやって描いたのか是非教えて欲しいものだ」


 ローニャの手を取り表彰状と記念品、そして賞金が詰まった革袋を乗せる。


「……恐れ入ります」


 伏し目がちに言うローニャに男性は小さな声で「後で私の部屋へ来て欲しい」と告げる。あまりに小さな声なのでローニャ以外の人間には聞こえなかったであろうその声は、ローニャに動揺を与えるのには十分だった。

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