違う世界
二週間後。ローニャは王都にある王城の中にいた。
(素晴らしい……。著名な画家が描いた絵画ばかりだわ。まるで美術館ね)
兵士に連れられて城の中を進むローニャの目は光り輝いている。回廊の壁に飾られている絵画一つ一つが美術館に収蔵されていてもおかしくは無い名画なのだ。つい足を止めて眺めてしまい、「こちらです」と兵士にそれとなく咎められる。その繰り返しだった。
教会や町の美術館の巡回展に良く絵画を見に行ったりはしていたが、それとは比べ物にならない。ローニャにとってはあまりに刺激的な空間で、廊下を歩いているだけで頭がチカチカした。
「こちらでお待ち下さい」
案内されたのは来客用に設えられた客間だった。風通しの良い大きな窓がついた部屋で、バルコニーからは整えられた庭園が見える。
(素敵な部屋。うちとは大違いね)
ローニャは画材やキャンバスが積み上げられた自室を思い浮かべて苦笑いをする。
「私、本当に王都に……お城に来たんだ」
庭園の向こうに見える城下町を眺めていると実感が湧いてくる。まるで夢みたいだと思った。自分が賞を獲ったということも未だに信じられないが、まさか城を訪れる機会があるなんて。
「失礼致します」
暫く待っていると部屋に侍女が数名入って来た。
「滞在中のお世話をさせて頂くミーナと申します」
「ローニャと申します。宜しくお願い致します」
ローニャが挨拶をするとミーナは頭の先からつま先までじろりと見て顔をしかめた。
「スージー、エマ、浴槽の準備をして」
一緒にいた二人の侍女に風呂の準備をするよう指示をする。
「ローニャ様、失礼ですがお召し物はどのような物をお持ちになりましたか?」
「え? えーっと……」
ローニャは古びたトランクを開けて見せる。中には女将から貰った祝い金で買った「余所行きの服」が数枚入っていた。
「これだけですか?」
「はい」
「……分かりました。こちらで用意します」
「あの、この服では駄目ということでしょうか」
「王様にお目通りするのですよ。ドレスの一着も用意していないとは……」
(ドレス……? 王様……?)
ミーナの棘のある言葉にローニャは硬直した。おかしい。表彰式とは書いてあったが「国王に謁見する」とは書いていなかったはずだ。ただ軽い気持ちで「王都へ行ける」と余所行きの服を選んだので「国王に会うからドレスを買おう」なんて考えは頭の片隅にも無かった。
「表彰式には国王陛下も参列なさるのですか?」
「まさか知らなかったなんておっしゃらないでしょうね」
「その、頂いた手紙には『表彰式に出て下さい』としか書いていなかったものですから……」
トランクの中から招待状を取り出して見せると、ミーナは大きくため息を吐いた。
「書いてなかったとはいえ王城へ招待されているのですから普段着しか用意しないだなんてあり得ません」
(普段着……)
王都へ行くためにかった「余所行き」もここでは普段着、いや、それ以下なのかとローニャは内心ため息を吐いた。
「申し訳ありません。用意するお金が無くて」
これ以上言い訳をしても無駄だと思いそう言うと、ミーナは汚いものでも見るかのような目でローニャを一瞥した。
「全く……これだから貧乏人は」
それは小さな声だったが、静かな室内では十分なほど良く聞こえる。「貧乏人」という言葉に何か言い返そうとも思ったが、言い返した所で事実なのでどうしようもない。折角女将が用立ててくれた服をけなされたのは許せないが、城で暮らしている人間は別世界の人間なのだとどこか落ち着いて考えることが出来た。
(あんなに素晴らしい絵画が無造作に飾られている場所なのだもの。仕方ないわ)
廊下に飾られている絵画を見た時にはっきりと分かった。ここは自分が暮らしている場所とは別世界なのだと。目の前に居る侍女でさえも、きっとローニャが想像しているよりもずっといい給金を貰っているに違いない。
そんな彼女から見たらこの「余所行き」だって普段着に見えるだろうし、自分は世間知らずの田舎娘なのだろう。
「ミーナ、準備出来たわよー」
風呂場の方から声がする。
「まずはあちらで身なりを整えて頂きます」
「お風呂なら自分で入れます」と言える雰囲気ではないので流されるままに風呂場へ向かう。金色の豪華な細工がなされた猫足の浴槽にローニャは目を白黒させたのだった。
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