国王生誕祭記念絵画大会

「ローニャ、そんなに絵を描くのが好きなら大会に出してみたらどうだい?」


 ある日の午後、仕事がひと段落した隙に女将が一枚のポスターを持ってきた。


「大会ですか?」

「ああ。今度大きい大会があるんだって。うちの店にもポスターを貼ることになってね」


 女将が広げたポスターには「国王生誕祭記念絵画大会」という文字が躍っている。


「来月王様の誕生祭があるだろう? それを記念して絵画大会が開かれるんだ。賞金も出るし誰でも応募できるようだよ」

「賞金……ですか」


 描いた絵で金が稼げるならばそれに越したことはない。しかし賞なんて大それたものを自分が獲れるのだろうかとローニャは考えた。生前父親も大小の大会に作品を出していたようだが、努力が実を結んだことは一度も無い。

 国王の誕生記念祭ともなれば父親が応募していた大会とは比べ物にならない程多くの人が応募するだろう。それを考えると賞金を貰える可能性は限りなく低い。


(賞を獲るなんて夢物語だわ)


「あの絵なんて良いんじゃないか?」


 「やっぱり大会なんて」と諦めかけているローニャに女将が言う。


「あの絵?」

「ほら、あの天使様の絵だよ。あんたの家に置いてあった」


 「天使の絵なんてあっただろうか」と考えて一つだけそれらしい絵が思い浮かぶ。収穫祭で出会った男性を描いた絵だ。女将にはそれが「天使の絵」に見えたらしく、「あたしは芸術については良く分からないけど、あの絵はなかなかいいなと思ったよ」と熱弁した。


「応募するだけしてみればいいじゃないか」

「そうですね。応募費用も掛からないみたいですし」


 ポスターには特に参加費の記載は無い。全ての国民が応募出来る用にとの心遣いだろうか。「善は急げ」と発破をかけられたローニャは仕事を終えると「天使の絵」を布で包み、町に設けられた事務所へ運び入れた。

 どうやら各町や村に事務所が設置され、そこで集めた絵を王都へ輸送して審査するらしい。応募書類を書いて控えを受け取り事務所を後にする。


(勢いに任せて応募してしまったけど)


 振り返ると大小様々な絵を抱えた人々が事務所へ入っているのが見えた。


(こんなに応募者が居るのでは無理ね)


 ローニャはその光景をみてくすっと笑う。しかしそれが無理では無かったことが分かるのは数か月後のことだった。


 ◆


 大会の締め切り日から数か月。すっかり応募した絵のことなど忘れていた頃にそれはやってきた。


「……手紙?」


 ある朝郵便受けに入っていた一枚の手紙、金の装飾がなされた立派な封筒を手に取ってローニャは怪訝な顔をする。こんなに立派な手紙を送って寄越すような知り合いがいただろうか。そんなことを考えながらペーパーナイフで封を切った。

 中にはこれまた金の装飾がなされた立派な便箋が入っている。


「良い紙」


 思わず滑らかな触り心地にうっとりとする。上質な紙だ。


「……貴女の絵が絵画大会で優秀賞を獲りました」


 手紙にはそう綴られていた。


「絵画大会……? ああ、そう言えば応募していたっけ。え? 私の絵が……優秀賞?」


 何度も何度も手紙を読み返す。そこには確かに「ローニャの絵が優秀賞を獲った」と書いてあった。


「信じられない……信じられない!」


 ふつふつと喜びが湧いてくる。まさか自分の絵が賞を獲るなんて。しかも「優秀賞」だ。国を挙げた絵画大会でそんな名誉ある賞を獲るなんて信じられない。

 自分を落ち着かせるために台所に行き水を一杯飲み干す。ふーっと大きく息を吐き、手紙の冒頭からじっくりと目を通した。


『この度は国王陛下生誕記念祭における絵画大会にご応募頂きありがとうございました。選考の結果、貴女の絵が【優秀賞】に選ばれたことをお知らせ致します。

 つきましては表彰式を行いますので以下の日程にて王都までお越し頂けますと幸いです』


「私が王都へ?」


 手紙には表彰式の日程と二週間後に迎えを寄越す旨が記載されていた。


(王都で表彰式? もしかして王様にお会い出来るのかしら……。どうしよう。着ていく物が無いわ。こんな汚れた服で行くわけにはいかないわよね?)


 手紙を汚さないように机の上に置くと鏡の前で薄汚れた服を見る。通勤に使っている服はお世辞にも「余所行き」とは言えないし、それ以外の服は全て絵具で汚れている。王都へ行くようなお洒落な服は持ち合わせていないし、買うお金も無い。


「女将さん、折り入ってご相談が……」


 困ったローニャが頼ったのはパン屋の女将だった。


「どうしたんだい? 改まって」


 申し訳なさそうに声を掛けて来たローニャを見た女将は心配そうな顔をする。


「実は……この前の大会で賞を獲りまして、王都へ行かなくてはならくなったんです」

「えっ!」


 女将はローニャから手紙を受け取り目を通すと、「おめでとう!」とローニャを抱きしめた。


「良かったねぇ。あの絵は絶対に行けると思ったんだよ」

「ありがとうございます。なんだかまだ信じられなくて……」

「それで、相談って何だい?」

「王都に着ていく服が無くて……」


 恥ずかしそうに言うローニャに女将は「ああ」と納得した顔をした。出勤時の恰好を思い浮かべると使い古した服や絵具が染みついた服ばかりだからだ。


「よし、分かった! 賞を獲った祝いにこれで服を買ってきな!」


 女将は服を何着か買えそうな金額の硬化を包み紙で包むとローニャに手渡した。パン屋の給金で慎ましく暮らしているローニャには新品の服を揃える余裕などないと分かっているからだ。

 何より、年頃の娘が王都へ行くのにみすぼらしい格好をさせる訳にはいかないという母心もあった。


「ありがとうございます! 賞金を頂いたらお返ししますね」

「それはお祝いなんだから返さなくて良いよ。王都へ行くなんてめったにない機会なんだ。楽しんでおいで」

「はい」


 母が出ていき父を亡くしたローニャにようやく訪れた「幸運」だ。


(久しぶりにこの子の嬉しそうな顔を見たよ。身寄りも無く一人で頑張っているこの子にようやく神様がご褒美をくれたんだね)


 嬉しそうにはにかむローニャの顔を見て女将はほっとした気持ちになった。幼い頃からパンを買いに来ていたローニャが天涯孤独の身になったと知った時は大丈夫なのかと心配で仕方なかった。

 仕事を探していると言うので「変な店に雇われるよりは」と自分の店で働くように声を掛けのは良いものの、経営状態を考えると決して十分とは言えない給金しか払うことが出来ないのが女将の悩みだった。

 ローニャの身なりを見ていれば彼女の置かれた環境がどういう物か良く分かっているのに、それを良い方向へと導いてやれなくてヤキモキしていたのだ。

 そんな時にローニャが国の大会で賞を獲り王都へ行くという。恐らく賞金もたっぷり貰えるだろう。知名度も上がり絵で食べれるようになればローニャが暮らしに困ることはなくなる。

 女将はどこか肩の荷が下りたような気持ちになったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る