夜な夜なシスター
片棒
世の中はボクが想像しているより、遥かに汚れていた。
夜の公園に連れてこられたボクが見たのは、下半身丸出しのおっさん。
茂みの中でイチャつくカップルを眺め、おっさんは舌なめずりをする。
「良いち〇こだぁ……」
そっちなのか、おっさん。
女の方ではないのか、おっさん。
ベンチを逆向きに座っていたおっさんは、辛抱たまらない様子で立ち上がった。
「待ちなさい!」
隣に立つマリアさんが金づちを片手に声をかける。
「んあ?」
「今すぐに、その矛を納めなさい!」
「……メスか」
あからさまにがっかりとした様子のおっさん。
ポッコリと突き出た腹を撫でまわし、何やら考え込んでいる。
「しかし、こいつを起たせるには十分」
カエルのように飛び跳ねたかと思いきや、草むらにダイブ。
向こうからは悲鳴が上がった。
「なんだ、このおっさん! 離せよ! うぐっ!」
「い、いやああああ! げふっ」
ボクは真横にあるブランコに座り、たじろぐマリアさんを見つめた。
すぐに警察を呼べるように、スマホは手に持っておく。
「その人たちを離しなさい!」
「嫌だね。これから、俺はこいつを便所に連れ込む」
「そ、それでいいのか。え、本当にいいのか、おっさん」
若い男を肩に担いで現れたおっさんは、何やら様子がおかしかった。
さっきまでのデブ体型から一気に様変わりして、筋骨隆々の体格に変身。
身長まで伸びているし、膨らんだ胸筋はビクビクと震え、愛おしそうに男の尻を撫でまわす。
「仏の顔も三度まで。なあ、メスぅ。忠告はしといたぜぇ」
「一度もしてねえよ」
全裸のカップル♂を地面に寝かせ、拳の骨を鳴らす。
おっさんは舌なめずりをして、腰を低くした。
「こいよ。お前は、今日から俺のペットのペットだ」
「くっ。……見ててください。セイチくん。今から、わたしが普段何をしてるのか。誰と戦っているのか。刮目あれ! てやあああああ!」
金づちを振り上げて襲い掛かるマリアさん。
相手は逃げようともせず、自身に満ち溢れた笑みを浮かべ、金づちの固い部分を額で受け止めた。
「ん”っ⁉」
思いのほか、痛かったのだろう。
おっさんは頭を押さえてうずくまる。
「てやああ! てやっ! てや!」
可愛らしい掛け声と共に何度も鈍器で殴りまくるマリアさん。
聞こえちゃいけない音まで響いてくるし、ボクはいよいよおっさんの安否が気になった。
そもそも、金づちって、車の強化ガラスでさえ粉砕するほどの破壊力があるので、人に向かって振り回してはいけない。
どれだけマッチョでも、筋肉に守られていない頭を叩かれたら、重症になるのは当たり前だった。
亀のように蹲ったおっさんの傍に両膝を突いて、マリアさんは一心不乱に頭部を叩きまくった。メコッという音が何度も響き、ボクは見ていられなくて、「あ、あの」と、マリアさんに近寄る。
「もう、いいんじゃないですか? ていうか、初めの一発で撃沈してた気がするんですけど!」
「駄目です! 悪は、……悪は叩いてしかるべきなのです!」
「言ってることが邪教徒のそれなんだよなぁ」
やがて、おっさんは手足が痙攣し、ビクビクと震えだした。
「いやいやいや! もういいですって!」
「はぁ、はぁ、……まだ、……足りない」
「鬼かよ、あんた!」
明らかにやり過ぎていたので、ボクはマリアさんを羽交い絞めする形で、無理やり押さえる。振り上げた拍子に叩かれないよう、ボクはマリアさんの頬に自分の頬をくっつけることで、何とか回避。
「う、……う”う”」
「大丈夫ですか⁉」
見ると、おっさんの体が徐々にしぼみ、元のデブ体型に戻っていく。
起き上がったおっさんは、頭が腫れあがった状態で辺りを見渡す。
「あ、れ。ここは……。い、っで!」
頭を押さえ、再びうずくまるおっさん。
「大丈夫ですか⁉ ……酷いケガ。セイチくん。この人のスマホを操作して、救急車を呼んでください。呼んだら、すぐに指紋をふき取って。早く!」
言われるがままに、おっさんのスマホを探す。
上着には入っていなかったので、たぶんズボンだろう。
ズボンはベンチの下に落ちていたので、急いでポケットを探すと、硬い感触があった。
すぐに119番を押して、緊急センターに繋げると、ボクは迷った。
――なんて説明しよう。
「人が倒れてるって言って!」
「あ、はい。人が倒れてまして。はい。はい。……詳しくは……分からないですけど」
ボクは犯罪の片棒を担がされていた。
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